Message 2012
礼拝説教 桜井良一牧師   本文の転載・リンクをご希望の方は教会迄ご連絡ください。
2012年6月3日   「変えられたサウロ」

聖書箇所:使徒言行録9章19~31節(新P.229)
19 サウロは数日の間、ダマスコの弟子たちと一緒にいて、
20 すぐあちこちの会堂で、「この人こそ神の子である」と、イエスのことを宣べ伝えた。
21 これを聞いた人々は皆、非常に驚いて言った。「あれは、エルサレムでこの名を呼び求める者たちを滅ぼしていた男ではないか。また、ここへやって来たのも、彼らを縛り上げ、祭司長たちのところへ連行するためではなかったか。」
22 しかし、サウロはますます力を得て、イエスがメシアであることを論証し、ダマスコに住んでいるユダヤ人をうろたえさせた。
23 かなりの日数がたって、ユダヤ人はサウロを殺そうとたくらんだが、
24 この陰謀はサウロの知るところとなった。しかし、ユダヤ人は彼を殺そうと、昼も夜も町の門で見張っていた。
25 そこで、サウロの弟子たちは、夜の間に彼を連れ出し、籠に乗せて町の城壁づたいにつり降ろした。
26 サウロはエルサレムに着き、弟子の仲間に加わろうとしたが、皆は彼を弟子だとは信じないで恐れた。
27 しかしバルナバは、サウロを連れて使徒たちのところへ案内し、サウロが旅の途中で主に出会い、主に語りかけられ、ダマスコでイエスの名によって大胆に宣教した次第を説明した。
28 それで、サウロはエルサレムで使徒たちと自由に行き来し、主の名によって恐れずに教えるようになった。
29 また、ギリシア語を話すユダヤ人と語り、議論もしたが、彼らはサウロを殺そうとねらっていた。
30 それを知った兄弟たちは、サウロを連れてカイサリアに下り、そこからタルソスへ出発させた。
31 こうして、教会はユダヤ、ガリラヤ、サマリアの全地方で平和を保ち、主を畏れ、聖霊の慰めを受け、基礎が固まって発展し、信者の数が増えていった。

1.ダマスコでのパウロの活動
(1)すぐに始まったサウロの伝道

 先日は教会の迫害者であったサウロがキリスト教会を迫害すべく、ダマスコの町に進む途中の道で復活されたイエスに出会い、その出来事によって彼の人生が180度の方向転換を遂げたことを学びました。教会の迫害者であったサウロが、キリストの福音を宣べ伝える使徒となる、その人生の大転換がこの出来事を通して実現したのです。
 今日の箇所ではこの回心の後にサウロの上に起こった幾つかの出来事が紹介されています。

「サウロは数日の間、ダマスコの弟子たちと一緒にいて、すぐあちこちの会堂で、「この人こそ神の子である」と、イエスのことを宣べ伝えた」(19〜20節)。

 回心を遂げたサウロはすぐにイエスが神の子であること、つまりイエスこそ神が遣わされた約束の救い主であることを人々に宣べ伝え始めます。私たちが教会の正式な伝道者となるためには幾つかの手続きが必要です。その中でも重要なことは神学校のような教育機関で一定の期間に渡って聖書の学びをする必要が求められます。しかし、ここでパウロはそのような手続きを経ず、すぐにイエスのことを宣べ伝え始めています。また聖書には「ダマスコの弟子たちと一緒にいて」と言う説明が記されていますから、サウロが自分勝手にこれらのことをしたと言う訳ではないようです。
 ここで私たちは一つの誤解を解く必要があります。イエスを宣べ伝へると言うことは教会が認めた正式な伝道者だけがすることではないのです。それはキリストに救われた者がすべてが行う自然な反応なのです。サウロの回心の際、神が目の見えなくなったサウロにアナニアを遣わした理由は彼の目が元通りになり、聖霊に満たされるようになるためだと説明されています(17節)。つまりキリストに救われ、その聖霊を受けた者の当然の反応としてサウロはキリストを宣べ伝え始めたと聖書はここで語っているのです。
 ヨハネの福音書の9章には生まれつき目が見えなかった人がイエスに目を開いていただいた物語が記されています。この出来事の後、ユダヤ人たちの質問に答えてこの人は「イエスが神から遣わされた方に違いない」と語っています。彼はイエスについて今まで誰かから何かを教えてもらっていなかったはずです。それでも彼が立派にイエスについての証しができたのは彼には誰も揺るがすことの出来事ない大切な体験があったからです。それは今まで見ることの出来なかった自分が、イエスによって目を開かれ見えるようになったという体験です。サウロもまたダマスコ途上でイエスに出会うと言う貴重な体験をしています。ですから、サウロはこの体験を元にイエスについての証しを人々に語ったのです。

(2)キリストのために用いられる知識や経歴

 ただ、サウロの場合に普通の人とは違った特別な面があったことも否定することはできません。それは彼が旧約聖書の知識について既に十分な訓練を受けていたと言うことです。エルサレムの有名な律法学者ガマリエルの門下生としてサウロは、聖書を学び、律法学者としての十分な訓練を受けていたのです。そればかりではありません。サウロの出身地とされるタルソスは当時の地中海世界では文化に秀でた学術都市であったことが知られています。サウロつまり後のパウロが記した数々の手紙から読み取れるのは、彼は聖書の知識だけではなく、他の様々な知識にも精通していたと言うことです。そしてこのような彼の経歴がキリストに救われることによって、花開き、彼の伝道者としての歩みを助けることになったと考えることができるのです。22節でこのサウロの伝道について次のような言葉が記されています。

「イエスがメシアであることを論証し(た)」。

 「論証した」と言う言葉はサウロが人々にイエスが救い主であると言う証拠を示して、それを説明したと言う意味を持っています。それではユダヤ人たちを説得することのできる確かな証拠とはどのようなものでしょうか。それは彼らが大切にしていた聖書の言葉です。律法学者であったサウロはこの聖書の言葉を今まで熱心に勉強してきました。そしてサウロはこのとき、その聖書の言葉を使って、イエスが救い主であると言う証拠を人々に示すことができたのです。旧約聖書が書かれた本当の目的はイエスがキリストであるということを示すためです。サウロはその観点から旧約聖書を正しく読み直し、そこに記されている数々のメシア預言を人々に論証した訳です。
 これらの聖書知識はサウロが持っていた特別なものであったと言えます。しかし、このサウロに起こったことは私たちの人生にも起こりえると言えるのです。私たちは今までそれぞれ様々な境遇の中に生き、人生を送ってきました。そして、私たちはそれぞれ違った教育を受け、また違った体験をしてきています。そのすべてが本当の意味で生かされるときがやってきていることをこのサウロの物語は私たちに教えます。私たちがキリストを宣べ伝えようとするとき、またそのキリストの教会を共に建て上げようとするとき、私たちが今まで身につけたものすべてが本当の意味で役にたつときがやってくるのです。神様は私たちの過去に身につけた知識や経験を生かして、私たちをキリストに使える者としてくださるのです。ですから、私たちは無理に自分の過去の知識や経験を否定する必要はないのです。

2.エルサレムでの使徒たちとの出会い
(1)仲立ちをするバルナバ

 さて、サウロの伝道はすぐに多くの反対者たちの行動を呼び起こし、それによって彼はダマスコの町に居られなくなってしまいます(23〜24節)。そこでサウロは仲間たちの助けを受けてダマスコの町を密かに脱出し、エルサレムに向かいました(25〜26節)。
 一方、このサウロを迎えたエルサレム教会は最初、彼を教会の仲間に加えることを躊躇していた様子が記されています。確かにそれは当たり前の反応かもしれません。かつてサウロはこのエルサレムの町で徹底的にキリスト教会を弾圧し、多くの男女を捕えて牢に入れました(8章3節)。エルサレムの教会の人々はサウロがどんなにひどい仕打ちを自分たちの仲間にしたのかをよく知っていました。ですから、そのサウロがイエスを信じ、自分たちの仲間に加わりたいと言ってきていることをなかなか信じることができなかったのです。
 そこでサウロがエルサレム教会の仲間に加わるために一人の人の役割がここで強調されています。それがバルナバと言う人物です。彼についてこの使徒言行録は既に次のような記録を残しています。

「たとえば、レビ族の人で、使徒たちからバルナバ――「慰めの子」という意味――と呼ばれていた、キプロス島生まれのヨセフも、持っていた畑を売り、その代金を持って来て使徒たちの足もとに置いた」(4章36〜37節)。

 この記録によれば彼の本名はヨセフであり、バルナバとは「慰めの子」と言った意味をもつ彼につけられたあだ名であったことが分かります。彼は地中海に浮かぶキプロス島の出身であり、自分の持っていた財産を金銭に換え、教会に献げることができた、熱心な信仰者であることが分かります。このバルナバがエルサレム教会の使徒たちとサウロと間に立って、仲立ちをしたのです。

「しかしバルナバは、サウロを連れて使徒たちのところへ案内し、サウロが旅の途中で主に出会い、主に語りかけられ、ダマスコでイエスの名によって大胆に宣教した次第を説明した」(27節)。

 バルナバはサウロに代って彼が回心した事情をエルサレム教会の人々に説明しました。そして彼の熱心な説得によってエルサレム教会のメンバーはその心を動かし、サウロを受け入れることができたのです。

(2)大切なバルナバの役割

 バルナバはこの後(13章〜15章)で、サウロつまり後のパウロと同行して伝道旅行をしています。つまりこのバルナバはパウロの伝道活動における最初の重要な協力者であったと言えるのです。このことを考えるとバルナバは口先だけではなく、自分が執り成したパウロについて責任を持ち続けようとして態度が伺えるのです。ですから、エルサレム教会の人々は最初、サウロ自身ではなく、このバルナバを信じて、サウロを自分たちの仲間に加えることを決心したのかもしれません。
 これから先、再び学ぶことになりますが、このバルナバとパウロは結局最後には決裂して、それぞれが別々に伝道活動に従事することになります(36〜41節)。このパウロとバルナバの決裂の理由を聖書はこのように記しています。
 「バルナバは、マルコと呼ばれるヨハネも連れて行きたいと思った。しかしパウロは、前にパンフィリア州で自分たちから離れ、宣教に一緒に行かなかったような者は、連れて行くべきでないと考えた。そこで、意見が激しく衝突し、彼らはついに別行動をとるようになって、バルナバはマルコを連れてキプロス島へ向かって船出したが、一方、パウロはシラスを選び、兄弟たちから主の恵みにゆだねられて、出発した」(15章37〜40節)。
 この文章によればバルナバは「マルコと呼ばれるヨハネ」と言う人物を次の伝道旅行に同行させたいと考えていました。ところがパウロはこのバルナバの計画に真っ向から反対したのです。なぜなら、このマルコは以前も、バルナバとパウロに同行していたのですが、何らかの理由で途中で仕事を放棄して帰ってしまったと言う経歴を持っていたからです。パウロとしては戦線離脱の経験のあるマルコを伝道旅行に連れて行けば、また同じようなことが起こり、自分たちの伝道の足手まといになるかもしれないと考えたのでしょう。パウロの伝道旅行の記録を読めばわかるように、彼らの活動は何度も生命の危機を感じるようなきわめて厳しいものであったことがわかります。そのような意味で十分な覚悟を持たない人をその旅行に加えることは、その人のためにもよくないと彼は考えたのかもしれません。
 ところがバルナバの考えは違っていました。彼はこのマルコを自分たちと同行させたいと最後まで主張し結局、「意見が激しく衝突し、彼らはついに別行動をとるようになっ(た)」と言うのです。バルナバは自分の犯した失敗のために伝道者として自信を失っているマルコをなんとが励まそうとしたのかもしれません。そしてマルコが立ち直ることができるチャンスを作ってやりたいと考えたのかもしれません。彼らがパウロたちから離れて向かった地は「キプロス島」(39節)であったと記されています。キプロス島はこのバルナバの出身地でしたから、彼はその土地の事情を知っていますし、たくさんの知人もいたはずです。そこはマルコを励ますためには十分な場所であったと言えます。このようにバルナバはこのマルコについて途中で投げ出すことなく、出来る限りの彼の面倒を見ようとしたことが分かるのです。
 教会の伝承によれば、このマルコはやがて使徒ペテロの元で働き、そのペテロから聞いたイエスの言葉と活動を書物に記録し、マルコによる福音書を作ったと言われています。新約聖書にはバルナバの書いた書物は一つも残されていません。しかし、このバルナバがいなかったらパウロの記した数々の手紙やマルコによる福音書が記録されることがなかったと考えるならば、彼の存在は教会にとって、また聖書を読む私たちにとって大切であったことが分かります。

4.教会の基礎が固まる

 今日の本文に戻りましょう。エルサレム教会の使徒たちにバルナバの仲立ちによって受け入れられたパウロはそこで「自由に行き来し、主の名によって恐れず教えるようになった」(28節)と言われています。するとこのサウロと「ギリシャ語を話すユダヤ人」との間で論争が起こり、彼らはサウロを殺そうと狙いだしたと言うのです。この部分の事情はかつて教会の最初の殉教者ステファノの上に起こった出来事と全く同じです。彼もまたギリシャ語を話すユダヤ人と論争し、彼らの敵意を買うことになりました。そしてそれが彼の死の直接の原因となったのです(6章9〜15節)。しかし、今回の場合、エルサレム教会のメンバーはすぐにその情報を察知し、サウロをつれて彼をエルサレムを脱出させています。そしてこのサウロはやがて異邦人たちにキリストの福音を伝える伝道者としてこの使徒言行録に再度登場して来るのです。さらに使徒言行録はこれらの記録を結ぶ言葉としてここで次のように記しています。

「こうして、教会はユダヤ、ガリラヤ、サマリアの全地方で平和を保ち、主を畏れ、聖霊の慰めを受け、基礎が固まって発展し、信者の数が増えていった」(31節)。

 6章のステファノの記事からはじめって、教会に向けられた激しい迫害、その結果、エルサレムから脱出して逃亡生活を余儀なくされたたくさんの信仰者たちの境遇、それはたいへんに厳しい境遇であったと言えます。しかし、聖霊はその境遇の中に生きる人々を用いてキリストの福音を広く宣べ伝えさせたのです。そしてこのような出来事を通して教会の基礎が固まっていったと使徒言行録はここで語っています。この部分を読むと分かる教会成長の秘訣は伝道にとって好都合な条件と言うものではないことが分かります。むしろ、どのような状況の中にあっても教会の仲間たちが「平和を保ち、主を畏れ、聖霊の慰めを受け」ことで、教会の基礎は固まり、教会が成長していったことをこの使徒言行録はここで私たちに教えているのです。

【祈祷】
天の父なる神様
あなたによって救われたサウロは直ちにその体験に基づいて、主イエスを証しする活動を開始しました。またあなたはそのためにサウロが身につけていたすべての知識や体験を用いてくださいました。私たちをも導いてあなたを証しすることが出来る者としてください。願わくは私たちが「平和を保ち、主を畏れ、聖霊の慰めを受け」ることで、あなたの教会に仕え、またその教会を建て上げていくことができるようにしてください。
主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。