礼拝説教 桜井良一牧師   本文の転載・リンクをご希望の方は教会迄ご連絡ください。
2013年2月17日  「騒ぐな。まだ生きている」

聖書箇所:使徒言行録20章1〜12節(新P. 253)
1 この騒動が収まった後、パウロは弟子たちを呼び集めて励まし、別れを告げてからマケドニア州へと出発した。
2 そして、この地方を巡り歩き、言葉を尽くして人々を励ましながら、ギリシアに来て、
3 そこで三か月を過ごした。パウロは、シリア州に向かって船出しようとしていたとき、彼に対するユダヤ人の陰謀があったので、マケドニア州を通って帰ることにした。
4 同行した者は、ピロの子でベレア出身のソパトロ、テサロニケのアリスタルコとセクンド、デルベのガイオ、テモテ、それにアジア州出身のティキコとトロフィモであった。
5 この人たちは、先に出発してトロアスでわたしたちを待っていたが、
6 わたしたちは、除酵祭の後フィリピから船出し、五日でトロアスに来て彼らと落ち合い、七日間そこに滞在した。
7週の初めの日、わたしたちがパンを裂くために集まっていると、パウロは翌日出発する予定で人々に話をしたが、その話は夜中まで続いた。
8 わたしたちが集まっていた階上の部屋には、たくさんのともし火がついていた。
9 エウティコという青年が、窓に腰を掛けていたが、パウロの話が長々と続いたので、ひどく眠気を催し、眠りこけて三階から下に落ちてしまった。起こしてみると、もう死んでいた。
10 パウロは降りて行き、彼の上にかがみ込み、抱きかかえて言った。「騒ぐな。まだ生きている。」
11 そして、また上に行って、パンを裂いて食べ、夜明けまで長い間話し続けてから出発した。
12 人々は生き返った青年を連れて帰り、大いに慰められた。

1.励ますパウロ
(1)ユダヤ人の陰謀

 今日の箇所はエフェソで起こった騒動(19章21〜40節)が一段落してから後のお話です。パウロはここで今まで長く留まっていたエフェソの町を離れて旅立ちます。今度の旅の目的もマケドニア州やギリシャにある教会を訪問し、その教会に集っている信徒達を励ますことと、その上で各地の教会の群れからエルサレム教会に対する献金を集めて、その献金を携えてエルサレムに向かうと言うものでした。
 パウロの当初の旅行計画はマケドニア州を経て、ギリシャに渡り、そこから船に乗って回路でシリア州に至り、そこからさらに陸路を使ってエルサレムに至るというものであったようです。ところが、ギリシャで船出を持っている間にパウロの元に、彼を殺害しようとするユダヤ人の陰謀があることが伝えられます。聖書の注解者によればおそらくこの時期、五旬節の祭りに間に合うようにと船に乗ってエルサレムを目指すユダヤ人がたくさんいたようです。ユダヤ人の陰謀はこの船の中にパウロの命を狙う刺客を密かに送り込み、そこで彼を亡き者にしようとする計画だったようです。パウロはこの情報を手に入れるとその陰謀から逃れるために、もう一度マケドニア州に戻り、さらにはそこからアジア州に渡るというもと来た道を逆戻りしていくという経路を選んでいます。

(2)コリント教会の問題

 パウロのこの間の旅路は自分の命が狙われていると言うことだけではなく、それ以外にも様々な困難な出来事ごとが伴っていたようです。使徒言行録の記者はこの事情について詳しくは述べていませんが、多くの学者たちの見解によればこの時期にパウロはコリントの信徒への手紙やローマの信徒への手紙と言った新約聖書に収められている代表的な書簡を記したと言われています。ですから、この時期のパウロの困難な旅路の状況はこれらの手紙を読むとよく理解することができるのです。特にコリントへの信徒への手紙を読むと、パウロがこの時期、コリントの教会に起こっていた様々な問題のために心を痛め、その解決のために努力していた姿が浮かび上がります。使徒言行録の著者はこの時期のパウロの働きについて詳しく述べることはしていません。ただ、パウロは諸教会に集う信徒達を「言葉を尽くして人々を励まし」たと(2節)だけ紹介しているのです。

2.エルサレム教会への献金

 ただ、この時期のパウロの活動について簡単に記した使徒言行録の著者でしたが、それとは違ってこの部分にはパウロに同行した人々の名前が何人も列挙されているのが分かります。

「(パウロに)同行した者は、ピロの子でベレア出身のソパトロ、テサロニケのアリスタルコとセクンド、デルベのガイオ、テモテ、それにアジア州出身のティキコとトロフィモであった」(4節)。

 ここにはそれぞれ出身地が違う数人の人々の名前が登場します。この中に登場するアリスタルコやガイオはエフェソでの騒動の際に人々に捕らえられた人たちとしてその名前が既に紹介されていました(29節)。この人達の名前がここで詳しく語られている理由については、彼らが異邦人教会のそれぞれの代表者たちで、パウロと共にエルサレム教会に赴き、献金を献げ、エルサレム教会のメンバー達に異邦人教会からの感謝の言葉を伝えるために集められた使節団であったと考えられています。
 パウロが異邦人のための使徒として負っていた重要な任務については以前にもお話したとおりです。彼はキリストの福音を各地の人々に伝え、その地の人々をキリストに導く使命を持って活躍しました。その一方で、彼が持っていたもう一つの任務はエルサレム教会を支えると言うことでした。エルサレムには神に仕える勤めに専念する使徒達やそれ以外の弟子達が集っています。パウロはその人々の生活を支えるために異邦人教会で献金を集めました。ここに登場する人々は各教会で集められた献金を、その教会の代表者としてエルサレムに携えて行くために選ばれた人たちです。
 ここには当時のエルサレム教会と異邦人教会との間がどのような関係にあったかと言う説明が記されています。なぜなら異邦人教会が単にエルサレム教会を献金で支えていたと言うだけでは、こんなに沢山の人がわざわざパウロに同行する必要はなかったからです。その献金をパウロ達に委ねればそれで済むはずです。ところが、異邦人教会はそれぞれ自分たちの代表者を選び、彼らをエルサレム教会に送りました。それは彼らの口を通してエルサレム教会への感謝を直接に伝えるためであったと言われています。なぜなら、当時のエルサレム教会は貧しくはありましたが、むしろ霊的な面ではキリストの福音を堅持し、聖霊の賜物をいただいて各地に建てられる異邦人教会を支える勤めを果たしていたからです。そして各地の異邦人教会はこのエルサレム教会の霊的な支えがあってこそ、今の自分たちがあることを理解していたのです。ですから、彼らはその感謝を献金と言う形で表し、その上で自分たちの気持ちを直接伝えるためにわざわざ代表者を選びだしエルサレムに送ったのです。
 教会はキリストの体としての有機的なつながりを持っています。それは一つの教会内部だけではなく、それぞれの教会間の関係の中にも同じようなことが言えるのです。献金を持って他の教会を支える教会もあれば、他の賜物を持って他の教会を支える教会もあります。私たちは自分の教会だけではなく、この大きな教会間のつながりをも神から与えられていることを知り、その上で私たちが共に仕え合っていくためにはどうしたらよいのかを考える必要があるのかもしれません。使徒言行録の著者はこの初代教会の異邦人教会とエルサレム教会との間にあった豊かな交わりを通して、私たちが主に使える方法を教えているのですから。

3.限界を超えて届く慰め
(1)エウティコの落下

 さて、使徒言行録の著者はこのあとでトロアスの町に七日間滞在したパウロ達の身の上に起こった出来事を簡単に記しています。この出来事は日曜日の晩に、「パンを裂くために集った」とき、つまり私たちの教会で言えば聖餐式を伴う礼拝が行われていたときに起こった出来事として記されています(7節)。パウロは翌日この町を出てエルサレムに向かう旅に出発する予定でしたが、休養をとることなく夜中まで集会を続け、人々に話し続けました。
 私も以前、インドネシアに派遣されていた宣教師から直接聞いたことがあります。インドネシアでは教会のために働く伝道者が不足しています。ですから集落によっては指導者の無いままに信仰生活を送っている人々がたくさんいるそうです。インドネシアに派遣されている宣教師達はそれらの集落を巡回して聖書を人々に教えるのだそうです。その宣教師はそんな集落を離れるときに、自分たちを手を振って送り出してくれるその人達の姿を見て、「この人たちは、今度はいつ聖書の話を聞くことができるのだろうか」と心が引き裂かれる思いで、次の集落に移動をせざるを得なかったと証ししていました。きっとこの時のパウロの気持ちもこの宣教師達と同じものであったのかもしれません。だからこそ、パウロは明日はそのまま長旅に出発することをも忘れて長時間にわたって人々にキリストの福音を語り続けたのです。
 ところがそこで大変な事が起こりました。パウロが語っていた三階の部屋の窓から一人の青年が落ちて、命を失うと言う事故が起こったのです。聖書の解説者たちはここに「たくさんのともし火がついていた」(8節)と言う言葉が記されていることがから、その部屋では酸欠に近い状態が生まれたのではないかとも言っています。しかも、当時の人々は日曜日に仕事を休むと言う習慣はありませんでしたから、出席者たちはそれぞれ昼間、仕事してから、ここに集っていたと考えられます。一日の仕事で疲れ切った状態であったからこそこの事件は起こったとも考えることができます。

「エウティコという青年が、窓に腰を掛けていたが、パウロの話が長々と続いたので、ひどく眠気を催し、眠りこけて三階から下に落ちてしまった。起こしてみると、もう死んでいた」(9節)。

 聖書にはいろいろな事情でその名前が記されている人が何人もいますが、いねむりのために聖書に名前が残されたと言う人は珍しいはずです。しかし、このエウティコの名前がこの後、たくさんの人に語り継がれたのは彼がいねむりをしただけではなく、神の偉大なみ業を人々に示すために彼が用いられたからであると言えるのです。
 神の偉大なみ業を伝える勤めはキリスト者なら誰でも持っている任務です。私たちは、その任務を思うと、自分は本当にそれを果たし得るのか疑問に思うことがあります。しかし、私たちの心配は無用なようです。なぜなら、神は私たちの抱える弱さをも用いてご自身のみ業をこの地上に現してくださるからです。このエウティコの話はそのことを私たちに教えてくれることでも重要です。

(2)「もう死んでいた」、「まだ生きている」

 それだけではありません。この物語はさらに神の言葉の真実の力を私たちに示すことでも大切な役目を果たしています。

「パウロは降りて行き、彼の上にかがみ込み、抱きかかえて言った。「騒ぐな。まだ生きている。」そして、また上に行って、パンを裂いて食べ、夜明けまで長い間話し続けてから出発した。人々は生き返った青年を連れて帰り、大いに慰められた」(10〜12節)。

 使徒言行録の著者は確かにエウティコがこの直前の箇所で「もう死んでいた」(9節)と言うことを確認して記しています。ですから、この後でパウロが彼の上にかがみ込み、抱きかかえたときにエウティコがその死から甦ったという事実を私たちに教えているのです。パウロの手を通してここで死人が甦るという奇跡が起こっているのです。興味深いのはこの後、教会の集会はそれまでと同じように続けられたと書き足されているところです。そのような意味で人々はこの奇跡を礼拝の最中に体験することができたと言うことになります。その上で使徒言行録は人々が「大いに慰められた」と言うことを記しているのです。
 このことはいったい私たちに何を教えているのでしょうか。この礼拝の中ではパウロを通して神の言葉が人々に伝えられていました。この神の言葉は、言葉を換えて言えば「慰めの言葉」であったと語ることができます。私たちの教会が大切にしているハイデルベルク信仰問答はこの「慰め」を問い、また答えることでキリストの福音が示す真理を説明していることで有名です。「わたしたちがわたし自身のものでなく、体も魂も、生きるときも死ぬときも、わたしの真実な救い主イエス・キリストのものであること」と言うことが私たちの唯一の慰めであり、それがキリストの福音が私たちに説き明かそうとすることなのだと信仰問答は教えているのです(問1)。
 それでは私たちの救い主は私たちに対して何をしてくださるのでしょうか。彼は私たちの死に定められた命を甦らせ、永遠のいのちを与えてくださるのです。その真理を人々はこの集会でパウロの口から聞いていました。そして今、目の前でエウティコの甦りの奇跡を通して、その福音の言葉が真実であることを目撃することになったのです。まさに、福音の提供する慰めは言葉だけではなく、真実であることを目の前で知ることが出来たとき人々は「大いに慰められた」とし使徒言行録の著者は語っているのです。
 神のみ業は本当に不思議なものです。疲れて居眠りをして、三階から転落して死んでしまったエウティコでしたが、神はそのエウティコを通してご自身のみ業を表されたのです。そして、そのみ業は私たちが日ごとに耳を傾ける福音の言葉が真実であり、人を死から命へと甦らせる力を持っていることを私たちに示しているのです。
 このように福音の言葉が真実であることを証しされるは神ご自身の働きなのです。その神は今日でも、福音を信じて生きる私たち一人一人の人生を用いて、み業を表し、福音の言葉が真実であることを示してくださるのです。神が私たちに一人一人の人生をもエウティコと同じように用いてくださることを信じて、信仰生活を送りたいと思います。

【祈祷】
天の父なる神様。
熱心に福音の言葉を語り続けたパウロ。疲れのあまりに、肉体の弱さのあまりにその礼拝の最中に眠気をもよおし、三階から転落したエウティコ。あなたはすべての出来事を用いてキリストの福音が真実の力を持っていることを豊かに表してくださいます。私たちは多くの言葉や情報が氾濫する現在社会の中で福音を伝える使命の困難さを覚えます。多くの人々は人の語る心地よい言葉に耳を傾けながら、その言葉に裏切られることで、言葉に対する信頼を失っています。どうか私たちを通してあなたの言葉こそ真実の力を持っていることを証しさせてください。そして私たちもまた、この福音の言葉によって死から命へと既に移されている幸いを確信して生きることができるようにしてください。
主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。