礼拝説教 桜井良一牧師   本文の転載・リンクをご希望の方は教会迄ご連絡ください。
2012年5月5日  ユダヤ人たちの陰謀と千人隊長の判断

聖書箇所:使徒言行録23章12〜35節(新P.260)
12 夜が明けると、ユダヤ人たちは陰謀をたくらみ、パウロを殺すまでは飲み食いしないという誓いを立てた。
13 このたくらみに加わった者は、四十人以上もいた。
14 彼らは、祭司長たちや長老たちのところへ行って、こう言った。「わたしたちは、パウロを殺すまでは何も食べないと、固く誓いました。
15 ですから今、パウロについてもっと詳しく調べるという口実を設けて、彼をあなたがたのところへ連れて来るように、最高法院と組んで千人隊長に願い出てください。わたしたちは、彼がここへ来る前に殺してしまう手はずを整えています。」
16 しかし、この陰謀をパウロの姉妹の子が聞き込み、兵営の中に入って来て、パウロに知らせた。
17 それで、パウロは百人隊長の一人を呼んで言った。「この若者を千人隊長のところへ連れて行ってください。何か知らせることがあるそうです。」
18 そこで百人隊長は、若者を千人隊長のもとに連れて行き、こう言った。「囚人パウロがわたしを呼んで、この若者をこちらに連れて来るようにと頼みました。何か話したいことがあるそうです。」
19 千人隊長は、若者の手を取って人のいない所へ行き、「知らせたいこととは何か」と尋ねた。
20 若者は言った。「ユダヤ人たちは、パウロのことをもっと詳しく調べるという口実で、明日パウロを最高法院に連れて来るようにと、あなたに願い出ることに決めています。
21 どうか、彼らの言いなりにならないでください。彼らのうち四十人以上が、パウロを殺すまでは飲み食いしないと誓い、陰謀をたくらんでいるのです。そして、今その手はずを整えて、御承諾を待っているのです。」
22 そこで千人隊長は、「このことをわたしに知らせたとは、だれにも言うな」と命じて、若者を帰した。
23 千人隊長は百人隊長二人を呼び、「今夜九時カイサリアへ出発できるように、歩兵二百名、騎兵七十名、補助兵二百名を準備せよ」と言った。
24 また、馬を用意し、パウロを乗せて、総督フェリクスのもとへ無事に護送するように命じ、
25 次のような内容の手紙を書いた。
26 「クラウディウス・リシアが総督フェリクス閣下に御挨拶申し上げます。
27 この者がユダヤ人に捕らえられ、殺されようとしていたのを、わたしは兵士たちを率いて救い出しました。ローマ帝国の市民権を持つ者であることが分かったからです。
28 そして、告発されている理由を知ろうとして、最高法院に連行しました。
29 ところが、彼が告発されているのは、ユダヤ人の律法に関する問題であって、死刑や投獄に相当する理由はないことが分かりました。
30 しかし、この者に対する陰謀があるという報告を受けましたので、直ちに閣下のもとに護送いたします。告発人たちには、この者に関する件を閣下に訴え出るようにと、命じておきました。」
31 さて、歩兵たちは、命令どおりにパウロを引き取って、夜のうちにアンティパトリスまで連れて行き、
32 翌日、騎兵たちに護送を任せて兵営へ戻った。
33 騎兵たちはカイサリアに到着すると、手紙を総督に届け、パウロを引き渡した。
34 総督は手紙を読んでから、パウロがどの州の出身であるかを尋ね、キリキア州の出身だと分かると、
35 「お前を告発する者たちが到着してから、尋問することにする」と言った。そして、ヘロデの官邸にパウロを留置しておくように命じた。

1.使徒言行録の結末
(1)使徒言行録はパウロの生涯を記録していない

   私たちが今、学んでいる使徒言行録は不思議な書物です。この使徒言行録は三分の二近い分量を使って使徒パウロの活動を私たちに伝えています。そのような意味で使徒言行録は「使徒パウロの活動記録」と呼んでもいい書物です。ところが使徒言行録はここまで詳しく使徒パウロの活動を紹介しながらも、彼の生涯を終りまで報告することはしていません。もし誰かの伝記を書くとしたら、その著者は主人公の誕生から死に至るまでの出来事を書き記すのではないでしょうか。ところが使徒言行録の著者はこの書物の中で、パウロの回心物語、つまり信仰者としての彼の誕生の物語は書き記していますが、彼の生涯がどのように終わったのかを報告しないままに、この書物は終わらせているのです。少し気が早いのですが、この使徒言行録の最後の箇所を引用してみましょう。ここでパウロは囚人の身でローマに到着し、そこで伝道活動を開始しています。

「パウロは、自費で借りた家に丸二年間住んで、訪問する者はだれかれとなく歓迎し、全く自由に何の妨げもなく、神の国を宣べ伝え、主イエス・キリストについて教え続けた」(28章30〜31節)。

 このようにパウロは囚人でありながらもローマの都で家を借り、自由にキリストの福音を宣べ伝えることができたと報告されて使徒言行録は幕を閉じています。使徒言行録の著者のルカは使徒パウロの協力者として彼がこの後どのように生活し、その生涯を終えたのかを知っていたはずです。しかし、ルカはそれを書かずに使徒言行録を閉じたのには意味があると思います。それはこの使徒言行録の執筆の目的はパウロの生涯を描こうするものではなく、主イエスが使徒たちを使って何をされたのかを知らせることにあったからです。私たちはだいぶ以前にこの使徒言行録が別名で「聖霊行伝」と呼ばれているということに触れました。なぜならば、この使徒言行録はイエスが使徒たちに聖霊を送り、地上での活動を続けられたことを報告する書物でもあったからです。

(2)すべての登場人物を用いえる主イエスの御業

 そこで、特に今私たちが学んでいる部分を理解するあために重要になって来るのは先週の礼拝で取り扱った箇所の最後に登場した主イエスの言葉です。

「勇気を出せ。エルサレムでわたしのことを力強く証ししたように、ローマでも証しをしなければならない」(11節)。

 ここで主イエスはパウロを使ってローマに伝道しようとされているという御心を明らかにしています。そこでこの使徒言行録はこの後、主イエスがパウロに告げた言葉をパウロの生涯を通してどのように実現していったのかを報告し続けるのです。実は私たちがこのことを知りながら使徒言行録を読み進めていくことはとても重要であると言えます。なぜなら、今日の部分を読めばわかりますが、この辺の使徒言行録の記録はパウロやほかの信仰者たちよりは、むしろパウロに敵対するユダヤ人たちの活動や、パウロをとらえたローマ兵の事情などを詳しく取り扱っています。その上で信仰者パウロは相変わらず囚われ人のままなのです。
 他の箇所の記録では囚われている使徒たちを天使が助けたとか、神の驚くべき奇跡が起こり、状況が一変するような興味深い物語が記されます。ところがここではそのような出来事は一切報告されていません。私たちにはこの部分の記述はただ歴史の事実が列強されているように思える箇所なのです。使徒言行録の著者はいったい、このような箇所を私たちに読ませることによって何を示そうとしているのでしょうか。それは主イエスがここに登場する出来事や人物をも用いてご自分の約束を実現されたということ知らせるためです。私たちは主イエスの働きを考えるとき、その主を熱心に信じる信仰者たちだけに目を向けがちです。しかし、主イエスの働きはそのような信仰者の上だけに限定されるものではありません。もちろんここに登場する本人たちはそんなことは意識していないはずですが、主イエスはすべての人々を用いてご自分の約束を実現されるのです。そのような意味でこの使徒言行録は主イエスがパウロに敵対するユダヤ人や、ローマ兵を通してどのような御業を表したかを私たちに知らせようとしていると言えるのです。

2.カイザリアに護送されたパウロ
(1)パウロの暗殺計画(12〜15節)


 さて、今日の箇所ではパウロの命を奪おうとするユダヤ人たちの陰謀が明らかとなります。「パウロを殺すまでは飲み食いしないという誓いを立てた」40人以上の人々がいたというのです(12節)。おそらく彼らは熱心党のような急進的愛国主義者たちであっただろうと考えられています。しかし、彼らがいくらパウロを殺そうといきり立ったとして当のパウロは今、彼らの手が届かないローマ兵の宿舎に囚われています。そこで彼らはパウロを兵舎から何とか外におびき出すために、祭司長や長老たちに願いでています。彼らがローマ兵に願い出て「パウロを最高法院で再尋問したい」と言って連れ出せば、そこで40人の人々はパウロを手にかける手はずを整えたというのです(14〜15節)。彼らはこの計画を成功させるために、この直前に最高法院で「死者の復活」の議論の件でパウロに同情的発言をしたファリサイ派の議員や律法学者たちを協力から外し、パウロの批判の的となったサドカイ派の祭司たちや長老たちをこの計画に巻き込んでいます。

(2)パウロの甥の進言とパウロの指示(16〜22節)

 ところが彼らの周到な計画は、どういうわけかその計画が外部に漏れてしまいます。この陰謀を「パウロの姉妹の子が聞き込み、兵営の中に入って来て、パウロに知らせた」(16節)というのです。パウロの姉妹の子ですから、彼はパウロにとって甥となります。当時、兵営の囚人には身内の者が差し入れをしたり、面会を求めることが許されていたと言われています。自分の甥の知らせで、このユダヤ人たちの計画を知ったパウロは彼を担当する百人隊長に申し出て、自分の甥を千人隊長のもとに連れて行ってほしいと願い出ています(17節)。
 そこでパウロの甥はすぐに千人隊長のもとに連れて行かれ、この計画が千人隊長に知らされることになります。

(3)千人隊長の判断とパウロの護送(23〜35節)

 千人隊長の判断はとても速く、この計画を阻止するためにその日の晩にパウロをカイサリアの町に護送する手はずを始めます。このカイサリアにはユダヤを含むシリア州を統治する総督の住居がありました。千人隊長はカイサリアにいた総督フェリクスの元にパウロを護送するために「歩兵二百名、騎兵七十名、補助兵二百名」を使っています。また彼はパウロのために総督フェリクス宛にわざわざ手紙を書き送りました。その手紙の文面がここで報告されています。
 この手紙を読むと千人隊長はローマ市民であるパウロを保護し、彼に公正な裁きが下るように尽力しているかのように見えます。しかし、この手紙には彼が部下に命じてパウロを鞭打とうとしたことなど、彼にとって都合の悪いことは一切省略されています。千人隊長の務めは総督に代わってエルサレムの町の治安を維持することにありました。パウロのことで何か騒ぎが起これば彼の責任が問われることになります。おそらく彼は自分の保身のために、パウロをカイザリアに送ることで、この騒ぎを回避させよとしたのです。またそうすれば彼にとっては邪魔者にすぎないパウロをエルサレムから追い出すこともできたからです。
 しかし、いずれにしてもこの千人隊長の素早い決断によってパウロはたくさんのローマ兵に守られてエルサレムを脱出することができと言えるのです。

3.私たちの人生の歩みを通して神の約束が実現する
(1)私たちにとって身近で、大切な物語

 このように使徒言行録はパウロの甥や千人隊長、そしてパウロを暗殺しようとする人々をここに登場させています。その上で主イエスがパウロに語った「ローマで証しをしなければならない」という約束をどのように実現していったかを私たちに教えようしているのです。
 この同じ部分を説教しているある牧師はこの物語を取り上げて、「ここに記されていることは私たちにとってとても大切で身近な事柄である」と説明しています。私たちはこの部分を読むと2000年前に起きた歴史的事件の簡単な叙述が記されているだけだと考えてしまします。聖書を読みながらそこから何か自分に役立つ信仰的教訓を読み取ろうとする人には、「いったい何をここから学べばよいのか」と悩んでしまうような箇所と言えるのです。ところが、その説教者はだからこそこの物語は私たちにとってとても身近で、重要だと説くのです。
 なぜなら、私たちの人生の中で使徒言行録のほかの部分に書かれているような奇跡や天使の出現を経験することはまれだからです。そのような驚くべき出来事を通して神の導きを確認することは私たちにとって稀なのです。私たちの目の前に突然天使が現れて私たちを導いたり、私たちが祈ると突然大地震が起こって周りの風景を一変させてしまうようなことを経験することはないのです。しかし、だからと言って主イエスは私たちの人生を導いてくださってはいないということではないのです。むしろ、そのときに当事者である私たちにもわからないほど日常的な出来事を通して、私たちの周りの事件や私たちにかかわる人々を通して、主イエスは私たちの人生を導き、その約束を実現してくだるのです。この使徒言行録の記事はそのような形で私たちの人生を導いてくださる神の御業をよく教えていると言えるのです。だから、私たちにとって重要であり、身近な物語であると言えるのです。

(2)私たちを励ます使徒言行録の記事

 イエス・キリストを信じる私たちに神は聖書の言葉を通して様々な約束を語ってくださいます。そしてその約束はむなしく終わってしまうことはありません。人の約束なら忘れ去られたり、取り消されることがありますが、神の約束はそうではないからです。神は私たちに語られた約束を、パウロに語った約束と同じように必ず実現してくださるのです。そう考えるとパウロの生涯を通して神の約束の実現を紹介した使徒言行録と同じような書物が、私たちのそれぞれの人生を通しても書き上げることができると言えるのではないでしょうか。
 この私たちの人生を書き記す使徒言行録はいまだ未完です。そして私たちは今、その物語の当事者でありながら、自分の人生に起こる出来事、自分とかかわる世界の出来事の本当の意味を理解することができず、心乱れたり、悩み続けています。しかし、この使徒言行録の記事はそんな私たちにも、「大丈夫、神の約束がパウロの生涯を通して実現して行ったように、あなたの人生を通しても実現しようとしている」と教え、励まし続けているのです。

【祈祷】
天の父なる神様
 パウロの生涯を通してご自身の約束を実現してくださったあなたを覚えます。同じようにあなたは私たちに福音によって示された豊かな約束を与えてくださっています。そしてその約束を私たちの人生を通して実現するために、日々、聖霊を遣わして私たちを導き、また私たちの人生で起こる出来事を用いてくださいます。私たちがこのことを信じて、この地上の生涯をあなたの約束に期待して、希望をもって生きることができるようにしてください。
主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。