礼拝説教 桜井良一牧師   本文の転載・リンクをご希望の方は教会迄ご連絡ください。
2013年7月7日  「共におられるキリスト」

聖書箇所:使徒言行録28章1〜15節
1 わたしたちが助かったとき、この島がマルタと呼ばれていることが分かった。
2 島の住民は大変親切にしてくれた。降る雨と寒さをしのぐためにたき火をたいて、わたしたち一同をもてなしてくれたのである。
3 パウロが一束の枯れ枝を集めて火にくべると、一匹の蝮が熱気のために出て来て、その手に絡みついた。
4 住民は彼の手にぶら下がっているこの生き物を見て、互いに言った。「この人はきっと人殺しにちがいない。海では助かったが、『正義の女神』はこの人を生かしておかないのだ。」
5 ところが、パウロはその生き物を火の中に振り落とし、何の害も受けなかった。
6 体がはれ上がるか、あるいは急に倒れて死ぬだろうと、彼らはパウロの様子をうかがっていた。しかし、いつまでたっても何も起こらないのを見て、考えを変え、「この人は神様だ」と言った。
7 さて、この場所の近くに、島の長官でプブリウスという人の所有地があった。彼はわたしたちを歓迎して、三日間、手厚くもてなしてくれた。8 ときに、プブリウスの父親が熱病と下痢で床についていたので、パウロはその家に行って祈り、手を置いていやした。9 このことがあったので、島のほかの病人たちもやって来て、いやしてもらった。
10 それで、彼らはわたしたちに深く敬意を表し、船出のときには、わたしたちに必要な物を持って来てくれた。
11 三か月後、わたしたちは、この島で冬を越していたアレクサンドリアの船に乗って出航した。ディオスクロイを船印とする船であった。12 わたしたちは、シラクサに寄港して三日間そこに滞在し、
13 ここから海岸沿いに進み、レギオンに着いた。一日たつと、南風が吹いて来たので、二日でプテオリに入港した。
14 わたしたちはそこで兄弟たちを見つけ、請われるままに七日間滞在した。こうして、わたしたちはローマに着いた。
15 ローマからは、兄弟たちがわたしたちのことを聞き伝えて、アピイフォルムとトレス・タベルネまで迎えに来てくれた。パウロは彼らを見て、神に感謝し、勇気づけられた。

1.マルタ島に到着するパウロ
(1)迷信と正しい信仰

 今日の聖書箇所に登場するマルタ島は地中海に浮かぶ小さな島です。イタリアのシチリア島から100キロほど南に位置する場所にマルタ島はあり、現代のインターネットからの知識によれば、マルタ島は長い間、イギリスが支配していた関係から公用語としてマルタ語と共に英語が用いられています。おもしろいところではこの島には島民の約二倍の70万匹以上猫が住んでいると書かれています。
 囚人としてローマに護送される途中のパウロたち一行は、地中海で自分たちが乗っていた船が嵐に出会い、難破することでこのマルタ島に上陸することになりました。当時のマルタ島はローマ帝国の支配下にあり、この箇所で登場する長官プブリウスはそのローマの役人としてこの島を支配していたようです。2節で「島の住民」と訳されている用語はもともと、ギリシャ語を話さない外国人と言う意味のギリシャ語です。このマルタ島は海洋民族であったフェニキア人によって発見され、ローマの支配下に入る前は長く北アフリカで勢力を有していた都市国家カルタゴの支配にありました。ですから、この島の人々はカルタゴの言葉を語っていたのではないかと推測さています。
 この島の住民は海岸に漂着したパウロたちを親切にもてなしました。

「島の住民は大変親切にしてくれた。降る雨と寒さをしのぐためにたき火をたいて、わたしたち一同をもてなしてくれたのである」(2節)。

 ところが問題はこのときのたき火に関することから起こります。

 「パウロが一束の枯れ枝を集めて火にくべると、一匹の蝮が熱気のために出て来て、その手に絡みついた」(3節)。

 聖書解説者たちの言葉によればこのマルタ島には今も昔も蝮などの毒蛇は生息していなかったと述べています。ですからもしこの時、パウロに絡みついたへびが蝮であったとしたら、それ自身がたいへんに珍しい出来事であったと考えることができます。そこで島民たちは、「この人はきっと人殺しにちがいない。海では助かったが、『正義の女神』はこの人を生かしておかないのだ」と語り合ったと言うのです。そして彼らはパウロの体にどのような変化が起こるかを観察したのです。
 ところが島民たちの動揺をよそにパウロの体には何の変化も起こりませんでした。その上で蝮に絡まれたと言うことなどお構いなしに、普通の態度をとるパウロの姿に島民は驚き、「この人は神様だ」と言い出したと言うのです。
 さっきまでは、「神の罰を免れ得ない人殺しに違いない」と考えていた人々の思いが、急に今度は「神様に違いない」と言うものに変わってしまったのです。ここには正しい信仰の知識に基づかない迷信を信じる人々の姿がこよく表されています。

(2)二つの奇跡があらわすもの

 さて、この使徒言行録を記したルカはマルタ島でのパウロの様子についてもう一つ興味深い記事を残しています。このときマルタ島の長官であったプブリウスと言う人の父親が熱病と下痢で寝込んでいました。そこにパウロがやってきて彼のために「祈り、手を置いていやした」と言うのです。そしてこの長官の父親の癒しによってパウロの評判が島民全体に伝わり、他の病人たちがパウロの元を訪れてきて癒しを求めます。そこでパウロによってさらにたくさんの病人の病気から癒されるという出来事が続いて起こったのです。
 使徒言行録が通常、このような出来事を伝えた後は、それらの驚くべき業によって、多くの人々が神様を信じることになったと説明するのですが、ここでは単に「彼らはわたしたちに深く敬意を表し、船出のときには、わたしたちに必要な物を持って来てくれた」(10節)と言う簡単な報告が記されているだけです。
 ルカはマルタ島でパウロが福音を説教したとか、熱心に伝道した言う報告を一切していません。ですから、この部分を解説する場合、人によっては使徒言行録ははっきりここに記していなくても、パウロはいつもと同じようにマルタ島の人々に福音を伝えと解釈します。そしてその伝道に数々の奇跡が伴うことで、マルタ島の人々が神様を信じたと説明するのです。ですから彼らが最後に表したパウロたちへの敬意は、伝道に対する感謝、救われた者の喜びが示されていると考えるのです。
 一方で、結構多くの説教者はマルタ島でパウロは福音を積極的に伝える機会を持てず、ここに示された奇跡を島民に示すことにとどまったと教えます。ただ、その場合にもここでパウロが示した二つの奇跡にはどのような意味があるのかと言うことが問題になります。
 マルコによる福音書16章には復活されたイエスが十一人の弟子たちに語った次のような言葉が記されています。

 「信じる者には次のようなしるしが伴う。彼らはわたしの名によって悪霊を追い出し、新しい言葉を語る。手で蛇をつかみ、また、毒を飲んでも決して害を受けず、病人に手を置けば治る」(17〜18節)。

 パウロがマルタ島で示した奇跡はここに記されているイエスの約束とよく似ています。ですから、このマルタ島での奇跡はパウロと共におられるイエス・キリストの働きを表していると考えるのです。
 このマルコによる福音書に記されたイエスの言葉は十一人の弟子、つまり使徒たちに語られた約束の言葉です。つまり、教会の土台を築くために選ばれた使徒たちの働きが共におられるイエスのみ業に基づいているということを表すための奇跡なのです。教会はこの使徒たちの働きと証言の上に建てられています。そしてこの使徒たちの証言を記したものが私たちが今読んでいる新約聖書なのです。そのような意味で、パウロの示した奇跡は、新約聖書を読む私たちに、ここに記された言葉はまぎれもなく復活されたイエス・キリストの言葉であり、真実の言葉であることを教えていると言えるのです。

2.パウロのローマ到着
(1)兄弟たちに出迎えられるパウロ

 さて、マルタ島でのパウロの伝道活動を詳しく語らない使徒言行録の記事ですが、続けて語られるパウロのローマ到着の記事には、パウロによって起こされた驚くべき奇跡は記されていない反面、最後の箇所にパウロ自身の豊かな心の動きが表現されています。それが16節に記されている「パウロは彼らを見て、神に感謝し、勇気づけられた」と言う言葉です。
 パウロたちは航海にふさわしい季節を待つためにマルタ島で「三ヶ月」を過ごした後、ローマに向けて出航します。シチリア島のシラクサ、さらにはイタリア半島の南端にあるレギオンと言う港を経て、パウロたち一行はプテオリと言う港で上陸し、ここからは陸路でローマに向かうことになります。パウロたちはこのプテオリの町で「兄弟たちを見つけ」ます。つまり信仰の仲間たちと再会して、そこで七日間を過ごたと言うのです(14節)。
 パウロはローマに今までやってきた経験はありませんでした。しかし、ローマにはこのときすでに沢山の信徒たちがいたと考えられます。そしてそれらの人々を信仰に導いたのは、かつてパウロの伝道旅行でキリストに導かれた人々であったと考えらるのです。彼らが後にローマまでやってきてキリストの福音を伝え、多くの人を信仰に導き、教会を建てたのです。
 このときパウロは囚人としてローマに護送される途中でした。前々から訪れたいと考えていたローマの地でしたが、当初、パウロはこの町を囚人として、皇帝の裁判を受けるために訪れることになるとは思ってもいなかったはずです。そして彼は自分の目の前に起こった数々の困難な出来事、試練の中を通りすぎて、主イエスが彼に語った「勇気を出せ。エルサレムでわたしのことを力強く証ししたように、ローマでも証しをしなければならない」(23章11節)と言う目に見えない約束が実現することを待ち望み、歩んだのです。
 しかし、彼はここで目に見える兄弟たちと出会うことにより大きく慰められています。パウロを出迎えた人々はかつてパウロが福音を伝えた人々であり、またその人々から信仰に導かれた人々です。つまり、彼らの存在は、今まで人々に熱心に福音を伝えたパウロの働きが決して無駄ではないことを表していたのです。そしてこの兄弟たちの存在はこれからローマに向かおうとするパウロを大きく励ますものとなりました。パウロはこれからローマで自分の身に何が待っているのかを知りません。しかし、彼をローマまで導こうとされた主イエスは、かつてパウロを伝道旅行に導き、多くの人々を福音に導かせたように、その同じ実りをローマでも彼に与えてくださると信じることができました。なぜなら、その証拠を神は兄弟たちの存在を通してパウロに示したからです。

(2)神に感謝し、勇気づけられる

 この後も、「ローマからは、兄弟たちがわたしたちのことを聞き伝えて、アピイフォルムとトレス・タベルネまで迎えに来てくれた」(15節)と言う記事が続きます。今度はローマからわざわざパウロを出向けに信仰の仲間たちがやってきたと言うのです。パウロにとってそれはどんなに心強かったことでしょうか。
 私は今から25年ほど前に故郷を離れて初めて青森県の三沢と言う場所に伝道者として赴任しました。その当時の私にとって故郷の茨城県から北は一度も行ったこともない場所で、ましてや青森など、「津軽海峡冬景色」の歌でしか知らない未知の場所でした。当時の私には伝道者としての使命感などどこに行ってしまったのかと思われるほどに大きな不安がその心を支配していました。そんな私を心配して、先に青森に赴任していた神学校時代の友人が、わたざわざ青森の駅まで迎えに来てくれました。そして彼は三沢での私の生活を助けるためにいろいろと骨折ってくれたのです。青森と三沢では車で二時間半以上かかるような遠い場所にありましたが、この友人は私の三沢での三年半の伝道者としての生活の間、何度も私のところにやってきて助けてくれたのです。
 パウロとローマからやって来た人々との交わりがこの後どのように続いたのかははっきり分かりません。しかし、パウロのローマでの生活を彼らは励ました続けたことは推測できます。そしてパウロはその彼らと出会ったとき「神に感謝し、勇気づけられた」と言うのです。なぜなら、彼らをパウロの元に送ってくださったのは神であると彼は確信することができたからです。
 信仰生活には目に見えない神を、そしてその神の目に見えない約束を信じて生きることであると言う特色があります。しかし、神はそんな私たちの信仰生活を勇気づけるために目に見える助けを与えてくださるのです。それが、私たちの教会であり、またそこに集められた信仰の仲間たちなのです。
 私たちはこのような助けを神から豊かに与えられていることに感謝したいと思います。また私たちも兄弟姉妹の信仰生活を助けるために神に用いられていることを覚え、その与えられた使命を全うすることができるように神に祈り求めたいと思います。

【祈祷】
天の父なる神様
あなたが使徒たちを用い、彼らの証言と働きによって教会を建ててくださったことを心から感謝いたします。また私たちは彼らの証言が記された新約聖書を通して、今、あなたの言葉を確かに聞くことができることを感謝いたします。この教会に集められた私たちがお互いに、信仰生活を歩むために励まし慰め会うことができるように、またそれぞれが福音の証を立て、人々をあなたに導くことができるようにしてください。
主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。