礼拝説教 桜井良一牧師   本文の転載・リンクをご希望の方は教会迄ご連絡ください。
2013年7月28日  ローマでのパウロの伝道

聖書箇所:使徒言行録28章16〜28節
16 わたしたちがローマに入ったとき、パウロは番兵を一人つけられたが、自分だけで住むことを許された。
17 三日の後、パウロはおもだったユダヤ人たちを招いた。彼らが集まって来たとき、こう言った。「兄弟たち、わたしは、民に対しても先祖の慣習に対しても、背くようなことは何一つしていないのに、エルサレムで囚人としてローマ人の手に引き渡されてしまいました。
18 ローマ人はわたしを取り調べたのですが、死刑に相当する理由が何も無かったので、釈放しようと思ったのです。19 しかし、ユダヤ人たちが反対したので、わたしは皇帝に上訴せざるをえませんでした。これは、決して同胞を告発するためではありません。
20 だからこそ、お会いして話し合いたいと、あなたがたにお願いしたのです。イスラエルが希望していることのために、わたしはこのように鎖でつながれているのです。」
21 すると、ユダヤ人たちが言った。「私どもは、あなたのことについてユダヤから何の書面も受け取ってはおりませんし、また、ここに来た兄弟のだれ一人として、あなたについて何か悪いことを報告したことも、話したこともありませんでした。
22 あなたの考えておられることを、直接お聞きしたい。この分派については、至るところで反対があることを耳にしているのです。」
23 そこで、ユダヤ人たちは日を決めて、大勢でパウロの宿舎にやって来た。パウロは、朝から晩まで説明を続けた。神の国について力強く証しし、モーセの律法や預言者の書を引用して、イエスについて説得しようとしたのである。
24 ある者はパウロの言うことを受け入れたが、他の者は信じようとはしなかった。
25 彼らが互いに意見が一致しないまま、立ち去ろうとしたとき、パウロはひと言次のように言った。「聖霊は、預言者イザヤを通して、実に正しくあなたがたの先祖に、
26 語られました。『この民のところへ行って言え。あなたたちは聞くには聞くが、決して理解せず、/見るには見るが、決して認めない。
27 この民の心は鈍り、/耳は遠くなり、/目は閉じてしまった。こうして、彼らは目で見ることなく、/耳で聞くことなく、/心で理解せず、立ち帰らない。わたしは彼らをいやさない。』
28 だから、このことを知っていただきたい。この神の救いは異邦人に向けられました。彼らこそ、これに聞き従うのです。」

1.使徒言行録の著者の意図
(1)どうして使徒言行録はここで終わるのか

 いよいよ今日はローマの都に到着したパウロの出来事を学びます。そしてこの使徒言行録の記事はこのパウロのローマ到着の出来事を持って終わりを迎えます。もしかしたら、この使徒言行録を記した著者ルカはこの使徒言行録の続編を記す計画があったのかもしれません。しかし、その計画が果たして本当にあったかなかったかは私たちにははっきり分かりません。いずれにしもて使徒言行録と言う書物はここで一応の結論を迎えているのは事実なのです。
 復活されたイエス・キリストの昇天の出来事から書き始められているこの使徒言行録は、この後、昇天されたイエス・キリストが使徒たちに聖霊を遣わして、彼らを通してどのように働かれたかを紹介しています。使徒言行録はそのイエス・キリストの働きをパウロのローマの到着によって、一つの区切りを着けようとしています。もちろん、これ以後も聖霊を通して教会に働きかけるイエス・キリストのみ業は終わることはありませんでした。2000年の教会の歴史の中でイエス・キリストのみ業は継続されているのです。
 それでも、この使徒言行録がここでその働きの区切りを着けようとしている意味はどこにあるのでしょうか。それはおそらく、この時を境にイエス・キリストのみ業の働きの性格が大きく変わっていったと言うところにあるのではないでしょうか。それを読み解くのが今日のパウロのお話でも登場する約束の民イスラエル、つまりユダヤ人とキリストの福音との関係です。一言で言って、聖書の中心にはいつもこの約束の民イスラエルにありました。しかし、これ以後の教会の働きの中で、このイスラエルの民の姿は中心とはなりません。

(2)これからの主人公は全世界の民

 皆さんもご存知のように旧約聖書の創世記は人類の歴史を書き記しながら、11章に記されているバベルの塔の出来事を境に、その記録の対象がアブラハムを先祖とするイスラエルの民に移っていきます。この以後の聖書の記事はアブラハムの子孫であるイスラエルの民に限定されて書き記されていくのです。そしてこの使徒言行録でも絶えずこのイスラエルの民と福音との関係が記述されています。つまりイスラエルの民の福音に対する固くなな態度を通して、福音伝道の対象が異邦人へと広がって行ったことを語っているのです。今日の箇所でもパウロの「この神の救いは異邦人に向けられました」(28節)と言う言葉が書き記されているようにです。
 つまり、このパウロの言葉は神のみ業が再びイスラエルの民と言う垣根を越えて、全世界の民に救いをもたらす働きに変わったと言うことを語っているのです。そしてバベルの塔の出来事を境に全世界に散らされていった人類が、これ以後、キリストの福音によって再び一つとされる時がやってきます。その決定的な変化がパウロのローマ到着によって始まったと言うことをこの物語は私たちに教えているのです。このようにキリストの福音は当時、世界の中心と考えられていたローマの都に到達することによって、これ以後全世界へと広がっていくのです。

2.ユダヤ人との対話
(1)自宅軟禁状態にあったパウロ

 さて、ローマに囚人として護送されたパウロのその後の生活について使徒言行録は次のように説明しています。

「わたしたちがローマに入ったとき、パウロは番兵を一人つけられたが、自分だけで住むことを許された」(16節)。

 私たちは「犯罪を犯した」とされている人が警察に逮捕されると、その時点でその人をあたかも犯罪者として判断してしまう傾向があります。しかし、それは極めて乱暴な判断と言えるかもしれません。正確にはその人が裁判にかけられて、有罪の判決が下るまでは、あくまでもその人は容疑者であって、犯罪者ではないのです。パウロの置かれていた状況も同様でした。彼はローマで裁判を受けるために護送されてきた囚人でしたが、まだ犯罪者ではありません。ですから、彼はローマの監獄に入れられたのではなく、普通の民家で生活しています。他の人と違った点は、パウロが逃亡しないようにとローマの番兵の警備がこの家に付けられていたという点だけでした。「自宅軟禁」と言う言葉がありますが、パウロのこの時の生活はその言葉に近いような状態でした。もちろん、パウロの自宅が以前からローマにあったとは考えることはできません。おそらくこの家はローマの信徒たちがお金を出し合ってパウロのために確保した家であったと考えられています。
 番兵は家の前に立っていますが、パウロはこの家に自由に人を招き入れることができたようです。そのことを示すのが次のような使徒言行録の記録です。

(2)おもだったユダヤ人との対話

「三日の後、パウロはおもだったユダヤ人たちを招いた」(17節)。

 ご存知のようにパウロは今まで行った伝道旅行の際に、福音伝道をまずその町にあったユダヤ人の会堂で開始しました。彼は何よりも最初に旧約聖書の内容に精通するユダヤ人たちに、キリストの福音を伝えようとしたのです。なぜなら、パウロの説くキリストの福音こそが、神が約束してくださった「イスラエルの希望」を示すものだったからです(20節)。神がイスラエルの民の先祖たちになされた約束はイエス・キリストを通して実現したのです。ですから、パウロはローマの町に到着してすぐ、おもだったユダヤ人たちを自分の宿泊する家に招待したのです。
 この「おもだったユダヤ人」とは当時、既にローマの都に多く住んでいたユダヤ人たちのコミュニティーをつかさどるために選ばれていたユダヤ人の代表者たちであったと考えられます。パウロは彼らに向かってまず、自分がなぜこのような囚われの身となってローマにやって来たかを説明しています。
 「兄弟たち、わたしは、民に対しても先祖の慣習に対しても、背くようなことは何一つしていないのに、エルサレムで囚人としてローマ人の手に引き渡されてしまいました。ローマ人はわたしを取り調べたのですが、死刑に相当する理由が何も無かったので、釈放しようと思ったのです。しかし、ユダヤ人たちが反対したので、わたしは皇帝に上訴せざるをえませんでした。これは、決して同胞を告発するためではありません」(17〜19節)。
 ご存知のようにパウロはかつてエルサレムにあった神殿に参詣していたときに、ユダヤ人たちによって捕らえられました。そしてその後、エルサレムの町の治安を守っていたローマの兵隊によって保護されたのです。そして、ユダヤ人たちはパウロを、犯罪者として訴えたので、ローマ兵はパウロの犯罪を取り調べるために彼を囚人として取り扱いました。ローマの役人は取り調べが進む中、パウロを訴え出たユダヤ人たちの主張は正しいいものではなく、その結果、パウロはローマの法律に違反するようなことは何もしていないことを確認します。ここでは「ユダヤ人たちが反対したので、わたしは皇帝に上訴せざるをえませんでした」と語られています。事実はパウロをエルサレムに戻した上で、そこで殺害しようとするユダヤ人の陰謀から身を守るために彼は皇帝の裁きを受けたいと申し出、そのことが受け入れられて、このローマにやって来たのです。
 それではどうしてパウロがこのようにユダヤ人たちの憎しみを買い、命まで狙われることになったのでしょうか。それは「イスラエルが希望していることのため」であるとパウロはここで言っています。ですからパウロを巡って起こっていた問題は何かの犯罪事件ではなく、むしろイスラエルの信仰に関する問題であったと彼は説明しているのです。
 このパウロの説明に対してパウロの家に集められたローマの主だったユダヤ人たちは次のように応答しています。

「私どもは、あなたのことについてユダヤから何の書面も受け取ってはおりませんし、また、ここに来た兄弟のだれ一人として、あなたについて何か悪いことを報告したことも、話したこともありませんでした」(21節)。

(3)ローマのユダヤ人たちの関心

 パウロを訴え出たエルサレムのユダヤ人たちからローマに住むユダヤ人たちはこの件に対して未だ何も連絡を受けていなかったようです。もともと、パウロを亡き者としようとしたユダヤ人たちは、ローマの裁判でパウロを死刑にできるとは思っていませんでした。だからこそ、彼らはパウロをローマ兵の手から遠ざけて、彼を自分たちの手で殺害しようと考えていたのです。彼らがローマで行われる皇帝の裁判でパウロと戦おうとしていたら、このローマに訴追人を送らなければなりませんでした。あるいは自分たちがローマに行かなくても、彼らの代理人をローマにいる主だったユダヤ人たちから立てる必要があったのです。ところが、ローマにいるユダヤ人たちがエルサレムから何の連絡も受けていなかったと言うことは、すでにエルサレムのユダヤ人たちはパウロと裁判で争おうとする意志を失っていたと考えることができます。ですから、裁判はこのままなら訴追人が不在のままに、パウロの無罪が決定することになったはずです。教会の伝承によればパウロのローマでの殉教の理由は、むしろローマのキリスト教迫害が理由とされていますから、その時にはエルサレムのユダヤ人たちとの争いは決着が付けられていたと考えることができます。
 ローマのおもだったユダヤ人はこのようにパウロの裁判に関心を持っていたのではなく、むしろパウロが伝えようとしているキリストの福音に関心があったようです。それが、彼らの「あなたの考えておられることを、直接お聞きしたい。この分派については、至るところで反対があることを耳にしているのです」(22節)と言う発言で分かります。
 ローマの人々は確かにキリスト教に反対するユダヤ人たちの噂を既に耳にしていたようです。しかし、彼らはその噂を鵜呑みにするのではなく、パウロから直接に福音を聞いて、その正否を判断しようとした点では賢明であったと言えるかもしれません。

3.教会の異邦人伝道
(1)すでに神の裁きを受けている

 そこでローマのおもだったユダヤ人たちはひとまずパウロの滞在する家を後にします。そして数日の後、日程を決めて、今度は大勢でパウロの宿舎を訪れたというのです(23節)。おそらくこのときは、おもだったユダヤ人だけではなく、ローマにいるユダヤ人の中でパウロの話を聞きたいと考えた人々が集ってきたのだと思います。

「パウロは、朝から晩まで説明を続けた。神の国について力強く証しし、モーセの律法や預言者の書を引用して、イエスについて説得しようとしたのである」(23節)。

 パウロの朝から晩までこのときに家に集ったユダヤ人たちに向けて「神の国について力強く証ししました」。「神の国」とは「神の支配が実現した」ということを表す言葉です。神の支配がキリストの救いの出来事を通して、私たちの上に実現したのです。そしてそのキリストの救いの出来事をパウロは「モーセの律法や預言者の書を引用して」、つまりユダヤ人たちのよく知っている旧約聖書の神の言葉を引用して熱心に説明しました。そしてパウロのこの説明を聞いたユダヤ人たちの反応が次に続けて記されています。

「ある者はパウロの言うことを受け入れたが、他の者は信じようとはしなかった。彼らが互いに意見が一致しないまま、立ち去ろうとした」(24〜25節)。

 そしてパウロは自分の元から立ち去ろうとするユダヤ人たちにイザヤ書の預言を引用して語ります。

『この民のところへ行って言え。あなたたちは聞くには聞くが、決して理解せず、/見るには見るが、決して認めない。この民の心は鈍り、/耳は遠くなり、/目は閉じてしまった。こうして、彼らは目で見ることなく、/耳で聞くことなく、/心で理解せず、立ち帰らない。わたしは彼らをいやさない』(26〜27節)。

 このイザヤ書の預言は、神の言葉を聞いても信じないと言うこと自体が既に神の裁きを受けている証拠であると語っています。「神の言葉を受け入れなければ、神の裁きを受ける」と言うのではなく、神の言葉を受け入れないことこそが神の裁きだと説明しているのです。これは私たちに人間にとって大変厳しい神の裁きの言葉となります。しかし、同時にこの言葉は私たちが受けた救いの確かさを示す言葉であるとも言えるのです。なぜなら、私たちが今、福音を聞き、受け入れることができているのはまぎれもなく、既に私たちが確かな神の救いにあずかっている証拠だからです。「神の救いはいつ私たちの上に実現するのか」と言う問いに対して、聖書は今、福音を聞き、それを受け入れる私たちに救いは実現していると教えていると言えるのです。

(2)使命を果たすパウロの自由な姿勢

 さて、私たちは今日の聖書から最後にパウロの条件に縛られない自由な伝道の姿勢を学びたいと思います。パウロは既にイエス・キリストの「勇気を出せ。エルサレムでわたしのことを力強く証ししたように、ローマでも証しをしなければならない」(23章11節)と言う言葉から、自分がローマにやって来た理由を知っていました。パウロはこのローマでキリストの福音を証しすると言う使命を与えられていました。しかし、このときのパウロは「鎖につながれている」(20節)囚人として大幅に自由を奪われていたのです。パウロはかつての伝道旅行のときのようにローマの町を自由に歩き巡ることはできません。ところが、パウロはだから自分はその使命を果たすことができないとは考えませんでした。むしろここでは自分が捕らわれていた家にユダヤ人たちを招待することで、自分に与えられた福音伝道の使命を遂行しようとしたのです。
 私たちにも神から同じ使命が与えられています。そして私たちがこの使命を遂行しようとするときに、このパウロの自由な発想を学ぶ必要があると言えるのです。ご存知のように私たちの群れは小さく、経済的にも貧しい状態が続いています。ですから、その活動も大教会と同じことをすることはできません。また若者たちが沢山集っているような教会と同じ活動をすることができません。しかし、だからと行って私たちの教会は伝道が出来ないわけではありません。私たちにできることがあるはずですし、むしろ私たちにしかできないことがあるはずなのです。ですから、私たちも自分たちに与えられた福音伝道の使命を果たすために、パウロのローマでの自由な発想の転換から学びたいと思うのです。

天の父なる神様
パウロを通して福音をローマの都に届けてくださったあなたは、今、世界の片隅にする私たちにもその福音を伝えてくださったことに感謝いたします。あなたはそのために聖霊を教会に遣わしてこの地上での働きを休み無く続けてくださいました。そしてあなたの聖霊は福音に耳を傾ける私たちの心を開いてくださり、あなたを信じる信仰を与えて私たちの一人一人に救いのみ業を実現してくださったことを感謝いたします。このように先に救われた私たちは、パウロと同じように福音を証しする使命を抱いて今日も生かされています。私たちが私たちの置かれた状況で、福音を大胆に伝えることができるようにしてください。
主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。