2022.2.6 「お言葉ですから」


聖書箇所

ルカによる福音書5章1〜11節
1 イエスがゲネサレト湖畔に立っておられると、神の言葉を聞こうとして、群衆がその周りに押し寄せて来た。2 イエスは、二そうの舟が岸にあるのを御覧になった。漁師たちは、舟から上がって網を洗っていた。3 そこでイエスは、そのうちの一そうであるシモンの持ち舟に乗り、岸から少し漕ぎ出すようにお頼みになった。そして、腰を下ろして舟から群衆に教え始められた。4 話し終わったとき、シモンに、「沖に漕ぎ出して網を降ろし、漁をしなさい」と言われた。5 シモンは、「先生、わたしたちは、夜通し苦労しましたが、何もとれませんでした。しかし、お言葉ですから、網を降ろしてみましょう」と答えた。6 そして、漁師たちがそのとおりにすると、おびただしい魚がかかり、網が破れそうになった。7 そこで、もう一そうの舟にいる仲間に合図して、来て手を貸してくれるように頼んだ。彼らは来て、二そうの舟を魚でいっぱいにしたので、舟は沈みそうになった。8 これを見たシモン・ペトロは、イエスの足もとにひれ伏して、「主よ、わたしから離れてください。わたしは罪深い者なのです」と言った。9 とれた魚にシモンも一緒にいた者も皆驚いたからである。10 シモンの仲間、ゼベダイの子のヤコブもヨハネも同様だった。すると、イエスはシモンに言われた。「恐れることはない。今から後、あなたは人間をとる漁師になる。」11 そこで、彼らは舟を陸に引き上げ、すべてを捨ててイエスに従った。


説教

1.「わたしたち」ではなく「わたしの救い主」

 先日、江戸時代末期に日本に次々とやって来たプロテスタント教会の宣教師たちがどのような信仰を持っていたかということについて説明した本を読みました。日本の鎖国が解かれて来日した宣教師たちは様々な教派に属しており、また信仰的な背景もそれぞれ異なっていました。しかし、その宣教師たちの多くに共通するのはアメリカで起こった信仰復興運動やイギリスのメソディスト運動などに影響されていたという点です。彼らはこのような運動に刺激されてそれぞれ個人的にはっきりとした信仰の体験を持っていた人々であったと言うのです。
 今、私は「個人的」という言葉を使いしたが、たとえばアメリカやイギリスはご存知のように「キリスト教国」と呼ばれていて、大半の国民は自分をキリスト教徒だと考えているところがあります。しかし、この場合、「自分はキリスト教徒だ」と言っても大半は自分の一族の信仰、つまり親代々に渡って受け継がれてきた信仰と言う考え方に基づいています。これは現在の日本のことを考えても良いと思います。現代の日本人も「あなたの宗教は」という質問に、「私の家は仏教です」とか、「浄土宗」、「日蓮宗」と具体的な宗派の名前を答える人もいます。しかし、そのように答える人でも自覚的な信仰を持って寺院と繋がりを持っている人は少なく、せいぜい、身内に不幸があって葬儀を行う場合のみに寺院と関係するといったような程度のことを言っているに過ぎません。アメリカやイギリスでも同じようにたとえその人が「自分はキリスト教徒です」と答えても、実際には自分自身ではっきりとした自覚を持って信仰生活を送っている人は少ないと入れるのです。
 アメリカで起こった信仰復興運動やイギリスで生まれたメソディスト運動はそのようなある意味、無自覚な信仰しか持っていない人にキリストの福音を伝えることで、その人の自覚的な信仰を呼び覚まして、真のキリスト者とするいうものでした。ですからこのような運動に加わった人は、聖書の単なる知識やキリスト教徒の習慣だけではなく、自分が救いようない罪人であり、その自分の罪のためにイエス・キリストが十字架にかかってくださったというはっきりとした信仰を持つ人々だったのです。このような人々は「キリストは私たちのために十字架にかかってくださった」という信仰告白ではなく、「私の罪のために、私のために十字架にかかってくださった」という信仰告白をすることができました。そしてキリストを自分の救い主として受け入れることで新しい人生が始まったことを確信することができたのです。ですからこのような信仰復興運動の影響を受けた人々は自分の人生を全く変えることができた神のみ言葉の力に対する強い信頼感と確信を持っていたと考えることができます。だからこそ、最初の宣教師はこの神のみ言葉を日本人にも伝えたいという強い思いをもって遥かな海を越えて日本にまでやって来たのです。彼らは日本がどのような国であり、またそこに住む人々がどのような人々であっても、神の言葉の力が日本人にも働いてくださるという確かな確信をもって働いたと言えるのです。

2.イエスの言葉を聞く

 今日私たちが取り上げた聖書の物語はイエスによってガリラヤ湖の漁師であったシモン・ペトロたちが弟子とされるというお話が紹介されています。福音書は十二弟子と呼ばれる人々がどのようにイエスによって招かれて弟子になったのかということを記しています。その十二弟子の中でもペトロ、ヨハネ、ヤコブはほとんど同時期にイエスからの招きに答えて弟子とされた人々でした。おそらく、彼らは先祖から代々に渡ってこのガリラヤ湖で漁師としての営みを続けて来た人々でした。その人々が突然、ずっと引き継いで来た自分たちの大切な家業を放棄してイエスの弟子になったという出来事はこの世の常識に相応しくない出来事であったとも考えることができます。この時、どうして彼らはイエスの招きに答えて、弟子としての歩みを始めることができたのでしょうか。福音書はその疑問に答えるかのようにイエスと彼らとの出会いの物語をここに記しています。そしてこの物語を通してイエスの語るみ言葉の力が彼らの人生を変えたということがはっきりと示されているのです。
 まずこの物語ではたくさんの人々が登場して、皆が同じようにイエスの語る言葉に耳を傾けたと言うことが記されています(1節)。イエスはこれ以前にガリラヤの町カファルナウムで神の国の福音を伝え、多くの人々の病を癒されるという奇跡を行っていました(4章31〜41節)。そしてこのイエスについてのうわさがあたり一帯に広まると群衆がイエスのもとに押し寄せるようになります。彼らが集まった場所はガリラヤ湖の岸辺です。ここで突然、イエスによる大伝道集会が開催されることになりました。
 イエスはこの岸辺に押し寄せた群衆にお話をするために、舟に乗ることになります。このとき岸辺には昨夜の漁を終えて帰ってきたばかりのペトロたちの舟が繋がれていました。イエスはその中で「シモンの持ち舟」、つまりシモン・ペトロの舟に乗って、岸辺から少し離れた場所に舟を移動させ、そこから岸辺に押し寄せる人々に向かって神の国についての福音の説教を語られたのです。このようにここではたくさんの人々が同時にイエスの語るみ言葉に耳を傾けている情景が記されています。しかし残念ながら福音書はこの群衆がイエスから語られたみ言葉を聞いてどのような反応を示したかについては説明していません。なぜなら、この福音書を書いたルカの関心は次から起こる出来事、イエスのみ言葉を聞いたシモン・ペトロの人生がどのようになったのかに向けられているからです。

3.素人からのアドバイス
①イエスの言葉

 ペトロもそこに集まる群衆の一人としてイエスの語る言葉に耳を傾けていたのだと思います。しかし、その状況は次に語られるイエスの言葉で一変します。「沖に漕ぎ出して網を降ろし、漁をしなさい」(4節)。イエスがそうシモン・ペトロに語りかけられたからです。私たちはこのイエスの言葉がペトロたちにとってどんなに無茶な言葉であったかについてここで知る必要があります。なぜなら、当時、ガリラヤ湖で行われていた漁の方法は夜、湖に網を下ろして魚を捕まえるという方法が最善であると考えられていたからです。ガリラヤ湖の魚は、昼は湖底深くに隠れていて、夜になると餌を求めて湖の上に登って来るからです。ですから漁師たちはその瞬間に合わせて網を湖に投げ入れて魚を捕る漁をしていたのです。
 イエスが「網を降ろしなさい」と言われたのは昼の出来事であったと考えられています。それは岸辺に押し寄せた群衆たちの姿からも推測できます。だから、このときイエスが語った言葉はガリラヤ湖の漁師にとっては自分たちの知識や経験と全く逆行するようなものだったのです。しかも、このときペトロはイエスに「先生、わたしたちは、夜通し苦労しましたが、何もとれませんでした」とも語っています。つまりイエスのこのときの指示はペトロが今、現実に体験した出来事にも反していたのです。
 この発言をしたイエスはペトロたちとは違い、その家業は大工であったと言われています。つまりイエスはガリラヤ湖での漁の経験も知識もない、ずぶの素人だったのです。おそらく、普通だったら誰もこんな素人の言葉に従うことは到底できないと思います。しかし、ここでは不思議なことが起こります。ペトロが「しかし、お言葉ですから、網を降ろしてみましょう」とイエスの言葉に従おうとしてからです。

②「わたしたち」ではなく、「わたし」に語られている言葉

 ここでイエスとペトロが交わした言葉を聖書が書かれた元々の言葉であるギリシャ語の文章で確かめてみると少し興味深い事実が分かって来ます。なぜなら、日本語の文章にはもともと原文につけられていた主語をあらわす言葉が省略されてしまう傾向があるからです。イエスは「あなたがたは沖に漕ぎ出して網を降ろし、漁をしなさい」と語られています。聖書を読むとこのときこのガリラヤ湖で舟に乗っていたのはペトロたちにだけではありませんでした。ゼベダイの子ヤコブやヨハネや他の漁師たちもいたようで、彼らもペトロの近くにいてイエスの話を聞くことができました。このギリシャ語の文章によればイエスはペトロだけではなくそこにいた複数の漁師たちにこの言葉を語りかけていることが分かるのです。

 そしてこのイエスの言葉を理解したうえでもう一度、ペトロの言葉を読み返してみましょう。

 「先生、わたしたちは、夜通し苦労しましたが、何もとれませんでした。しかし、お言葉ですから、網を降ろしてみましょう」(5節)。

 ペトロはイエスの言葉がヤコブやヨセフを含めた自分たち複数の人に語られている言葉であることを理解しています。そしてそのイエスの言葉を聞いたペトロはその人々の代表として「先生、わたしたちは、夜通し苦労しましたが、何もとれませんでした」とここで答えているのです。しかし、次に続くペトロの言葉は違います。なぜならペトロのこの言葉をギリシャ語の原文で読むと「わたしたち」ではなく、「わたし」という主語を使ってペトロが語っていることが分かるからです。
 確かに私たちが聖書の言葉を読んでも、その言葉はその物語に登場する人々に語られていたり、また、聖書の読者である「わたしたち」つまり不特定の複数の人に語りかけられているように読むことができます。福音書記者はこの場面でもイエスの語られた言葉は「あなたがた」と複数の人々に語られていたことを認めています。しかし、大切なのはペトロがその言葉を「わたし」つまり自分自身に語らえた言葉として受け取り、その言葉に自分の決断をもって答えようとしたところです。
 つまり、ペトロはここで信仰復興運動を体験した宣教師たちと同じように、キリストを通して語れた神の言葉を自分に語られた言葉として受け入れることができたのです。ペトロもこれまでユダヤ人の一人として子どものころから信仰教育を受けて育てられてきたはずです。だからペトロは漁師であっても聖書の言葉を知っていたはずです。しかし、それまでのペトロにとってその言葉は「わたしたち」のものであって、自分一人に語られた言葉ではありませんでした。つまり彼にとっては聖書の言葉やその知識はユダヤ人として生きるために必要なものでしたが、それ以上のものではなかったのです。しかし、このときペトロはイエスを通して語られた神の言葉をはじめて自分に語られた言葉として聞くことができたのです。だから、ペトロはイエスの言葉が自分たちの漁師としての常識や経験に反する言葉であったとしても、自分の人生を変えるために語られた神の言葉として受け入れ、その言葉に従う決心をしたのです。

4.み言葉に信頼したペトロ
①み言葉の力を表す出来事

 そして、続けて福音書が記している大漁の奇跡はこのイエスのみ言葉の力を私たちに目に見える姿で示されていると言うことができます。

 「そして、漁師たちがそのとおりにすると、おびただしい魚がかかり、網が破れそうになった。そこで、もう一そうの舟にいる仲間に合図して、来て手を貸してくれるように頼んだ。彼らは来て、二そうの舟を魚でいっぱいにしたので、舟は沈みそうになった。」(6〜7節)

 興味深いのはここでイエスの言葉に従って網を降ろしたのはペトロだけではなかったようです。きっとそこにはペトロの漁師仲間のヤコブもヨハネもいたのです。しかし、彼らもペトロと同じようにイエスの言葉を自分に語られた言葉として受け取り、そしてその言葉に従ったのです。だからこそ、彼らはこの大漁の奇跡を体験することができました。彼らは神の言葉の力を自分の人生で体験することができたのです。
 そしてその彼らにイエスは「恐れることはない。今から後、あなたは人間をとる漁師になる」(10節)とご自身の弟子となるようにと招かれたのです。このイエスの言葉を聞いた人たちは「舟を陸に引き上げ、すべてを捨ててイエスに従った」(11節)と語られています。ここでもイエスの語られたみ言葉の力が目に見える出来事を通して表されていることが分かります。なぜなら、ガリラヤ湖の漁師が突然、その職業を捨ててイエスに従うことなど人間の常識では考えることもできないものだったからです。彼らの人生は確かに神の言葉の力によって変えられたのです。

②み言葉の力を体験する人生への招き

 私たちの知るジョージ・ヤング宣教師もアメリカから日本に来られ、長い間、この日本の地で福音宣教のために働かれました。先生の家族はもとから長老教会に通うクリスチャンであって、お父さんはその教会の長老も務めていたと聞いています。そのため先生は子どものころから教会に通い、聖書の知識を十分身につけて育ちました。しかし、先生の言葉を借りれば「自分は子どものときから教会には行っていたけれど、キリストのことが全然わかっていなかった」と言うのです。その先生が大学生になって有名なアメリカの伝道師ビリー・グラハムの集会に参加したとき、「はじめて自分が希望のない罪人であって、その自分のためにイエス・キリストが十字架にかかって死んでくださったということが分かった」と言うのです。ヤング先生はこのときはじめて自分に語られる神の言葉を聞き、その言葉に従うことで、神の言葉の力が自分の人生を変えるという明確な体験することができたのです。そして皆さんもご存知のようにヤング先生は自分に向けて語られる神の招きを受けてはるばる日本の地に行く決心をし、私たちに福音を伝える勤めを果たしてくださったのです。
 聖書ほどたくさんの国語に訳され、発行されている書物はないと言えます。日本においても聖書は隠れたベストセラーとしてたくさんの人々の手に渡され、また読まれています。しかし、その聖書を読む多くの人々の多くは聖書を「人類の知的遺産」の一つとして読んでいるかも知れません。あるいはまたは欧米の文化を知る手掛かりとして読んでいる人もいるようです。また、自分の生き方にヒントを与える先人の残した書物として読んでいる人もいるでしょう。しかし、これら人々の読み方に共通するのは聖書の言葉を「わたしたち」という不特定の人々のために語られた言葉として読む傾向です。
 しかし、私たちが読んだ今日の聖書の物語は聖書の言葉を、またそこに記されたイエス・キリストの言葉を「わたし」に個人的に語らえた言葉として読む方法を教えています。「神は今、私のためにこの言葉を語ってくださっている」。そのような思いで私たちが聖書の言葉を受け取り、その言葉に従って、ペトロと同じように信仰の網を降ろすなら、そのみ言葉の力によって私たちもペトロと同じ体験をすることができるようになることをこの物語は教えているのです。


聖書を読んで考えて見ましょう

1.イエスがゲネサレト湖畔(ガリラヤ湖の別名)に立っておられると、神の言葉を聞こうと群衆が押し寄せて来ました。そのときイエスは何をされましたか(1〜3節)。
2.このときイエスはシモンに何と語り掛けましたか(4節)。この言葉は今までガリラヤ湖の漁師として生きて来たペトロたちにとっては納得のいく言葉であったと思いますか(5節)。
3.このイエスの言葉に対するペトロの答えから彼のどのような心の変化を知ることができますか(5節)。
4.ペトロたちがイエスの言葉に従って、その通りにしたときどのような出来事が起こりまししたか(6〜7節)。
5.8節のペトロの言葉から彼がイエスをどのように考えていたことが分かりますか。
6.この体験をしたペトロたちに対してイエスはどのような招きを語られましたか(10節)。漁師たちはこの招きにどのように答えましたか(11節)。