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カルヴァン
キリスト教綱要
礼拝説教 桜井良一牧師
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キリストの業に命をかける

(2011.03.13)

聖書箇所:フィリピの信徒への手紙2章19〜30節

19 さて、わたしはあなたがたの様子を知って力づけられたいので、間もなくテモテをそちらに遣わすことを、主イエスによって希望しています。
20 テモテのようにわたしと同じ思いを抱いて、親身になってあなたがたのことを心にかけている者はほかにいないのです。21 他の人は皆、イエス・キリストのことではなく、自分のことを追い求めています。
22 テモテが確かな人物であることはあなたがたが認めるところであり、息子が父に仕えるように、彼はわたしと共に福音に仕えました。
23 そこで、わたしは自分のことの見通しがつきしだいすぐ、テモテを送りたいと願っています。
24 わたし自身も間もなくそちらに行けるものと、主によって確信しています。
25 ところでわたしは、エパフロディトをそちらに帰さねばならないと考えています。彼はわたしの兄弟、協力者、戦友であり、また、あなたがたの使者として、わたしの窮乏のとき奉仕者となってくれましたが、
26 しきりにあなたがた一同と会いたがっており、自分の病気があなたがたに知られたことを心苦しく思っているからです。
27 実際、彼はひん死の重病にかかりましたが、神は彼を憐れんでくださいました。彼だけでなく、わたしをも憐れんで、悲しみを重ねずに済むようにしてくださいました。
28 そういうわけで、大急ぎで彼を送ります。あなたがたは再会を喜ぶでしょうし、わたしも悲しみが和らぐでしょう。
29 だから、主に結ばれている者として大いに歓迎してください。そして、彼のような人々を敬いなさい。
30 わたしに奉仕することであなたがたのできない分を果たそうと、彼はキリストの業に命をかけ、死ぬほどの目に遭ったのです。

1.パウロの人となり

 私は神学生の頃に三宮にあったカトリックの修道会が経営する書店にたびたび本を買いに行ったことがありました。そのときに、書店で働いていた一人の女性修道士(シスター)と親しくなり会話を交わすようになりました。そのシスターの所属する修道会が「パウロ」の名前がついていた修道会であったために、あるとき私は「どうしてその修道会を選んだのですか」と言う質問をシスターにしたことがあります。するとその方から「イエス様の弟子の中で自分は一番パウロが好きだったから」と言う答えが返って来たことを思い出します。
 皆さんはパウロと言う人物についてどんな感想をお持ちでしょうか。使徒言行録や彼の記した様々な手紙を読むとこのパウロが大変に活動的な人で、知識と知恵に富む優秀な人物であったことが分かります。おそらく、このパウロがいたからこそキリスト教はローマの支配していたヨーロッパに伝わったと言えるのかもしれません。なぜなら、パウロはローマの市民権を持ち、ローマの政治や文化を精通することができた人物だったからです。つまり、彼は宣教の対象をよく理解することができたのです。その点ではかつてはガリラヤ湖で働く漁師であったペトロやヨハネとは違ったタイプの人物であったと考えることができます。そう考えるとパウロと言う人が私たちとは縁遠いエリートのような存在に思えます。
 しかし、実際にパウロの手紙を読んでみると、パウロは人間関係でも細やかな配慮のできるやさしさをもっていたことが分かります。今日の手紙の部分ではフィリピの教会の人々を助け励ますためにパウロは自分にとってもっとも身近で親しい同労者であったテモテを彼らの元に派遣しようという計画を表わしています。そしてそれだけではなく、パウロ自身も事情が整えばフィリピの教会の人々の元に訪ねたいと語っているのです。
 また、さらにパウロはフィリピ教会からパウロの元に派遣されてきたエパフロディトと言う人物をフィリピに送り返すことをこの手紙で明らかにしています。そして彼はこのエパフロディトのためにわざわざこの手紙でフィリピの教会の人々に彼を「大いに歓迎してほしい」と願っているのです。
 ここにはパウロとフィリピ教会の人々との関係、またパウロを取り巻く同労者との関係が記されています。そう考えると私たちは自分の信仰生活に直接、関わりがない2000年も前のことがここには書かれているのではないかと結論づけてしまう恐れがあります。しかし、時代は異なっても私たちもパウロも主イエス・キリストにあって生きる者とされていることは同じです。そのような意味では私たちはパウロを取り巻く人間関係の事情から、私たちの人間関係についても大切なことを学ぶことができると言えるのです。

2.テモテ
(1)愛する子テモテ

 まず、パウロはここで同労者テモテをフィリピ教会に遣わす計画を明らかにしています。そしてパウロはそのテモテについて次のように語っているのです。
 「テモテのようにわたしと同じ思いを抱いて、親身になってあなたがたのことを心にかけている者はほかにいないのです。他の人は皆、イエス・キリストのことではなく、自分のことを追い求めています。テモテが確かな人物であることはあなたがたが認めるところであり、テモテのようにわたしと同じ思いを抱いて、親身になってあなたがたのことを心にかけている者はほかにいないのです。他の人は皆、イエス・キリストのことではなく、自分のことを追い求めています。テモテが確かな人物であることはあなたがたが認めるところであり、息子が父に仕えるように、彼はわたしと共に福音に仕えました。彼はわたしと共に福音に仕えました」(20〜22節)。
 このテモテと言う人は母親がユダヤ人でキリストを信じる信者であったこと、父親はギリシャ人であったことが分かっています。そしてここでもパウロがテモテについて「息子が父に仕えるように」と語られているように、パウロはテモテを「愛する子」(テモテへの手紙二1章2節)と呼ぶような関係を持っていました。
 ただ、ここでもどうしてテモテがパウロにとって「子」のような存在であったかと言えば「わたしと共に福音に仕え」ているためであると説明しているのです。最近、川口のキングスガーデンに私を洗礼まで導いた先生が入居されています。礼拝奉仕のたびにお目にかかり、簡単な挨拶を交わしています。先生は最近のことはあまり記憶できないようですが、昔の出来事はよく覚えています。この間は先生に私が教会に導かれた当時の話を話す機会があります。そして「先生がいなかったら、私はこのように牧師のとなってはいなかたでしょう。先生は私にとって母親のような存在です」と言ったところ、先生は本当にそのことを喜んでくださいました。小さな町の、小さな教会に一人で遣わされ、困難な伝道者の生活をされた先生が、諦めずに私に伝道してくれたからこそ、今の私があるのだなと思うのです。
 パウロはテモテの存在を通して自分の伝道者としての働きを確認することができたのではないでしょうか、だからこそパウロにとってテモテの存在は特別なものであったのです。

(2)パウロの働きを担う者

 ご存じのようにパウロはこのときローマの獄中に囚われの身となっていました。前回の礼拝で学んだようにパウロはこの獄中で自分の殉教の死を覚悟しています。しかし、そのパウロが自分の業が無駄ではなかったと言えるのは、彼を取り囲む同労者の存在があったことも一つの原因ではあったように思えます。
 神様の計画はパウロ一人が倒れればだめになってしまうものではありません。パウロの計画を彼に代わって引き継ぐべき同労者を神様は用意してくださっていたのです。ですから、たとえフィリピの教会に自分が行けなくなったとしても、自分に代わってフィリピの教会の人々のために働くテモテがいると言うことはパウロにとって励ましであったのです。
 ここで興味深いのはパウロがテモテについて「わたしと同じ思いを抱いて、親身になってあなたがたのことを心にかけている者はほかにいない」と語りながら「他の人は皆、イエス・キリストのことではなく、自分のことを追い求めています」と語っているところです。
 パウロはここでイエス・キリストを追い求めない人は結局、親身になって相手のことを心がける者にはなりえないと言っているのです。それはイエス・キリストを追い求める者こそが、人を本当に思いやる者にされると言う意味もあります。しかし、それ以上に本当に人を思いやるためには、イエス・キリストの力なしには不可能であるとも言っているのではないでしょうか。なぜなら、その人を本当に支え、また守ってくださるのはイエス・キリストご自身だからです。そのような意味でこのパウロの言葉は単にテモテが「おせっかいで、世話好き」のタイプの人間であると言っているのではなく、彼がキリストの力によって人々の益のために奉仕することができる人物であることを語っているのです。

3.エパフロディト

 次にパウロが語るのはエパフロディトと言う人のことです。彼についてはいったいどんな人物であったのか聖書は詳しく語っていません。このフィリピの信徒への手紙を読むと彼がフィリピからパウロを助けるために遣わされた人物であったことが分かります。フィリピの教会の人々は獄中のパウロを助け励ますために様々な贈り物をこのエパフロディトに託して彼をローマにいるパウロの元に送りました。ところがパウロを助けるためにやってきたはずのエパフロディトはそこで病気になり、瀕死の重症患者として返ってパウロたちに面倒をかけるはめとなってしまったのです。このままではエパフロディトはフィリピ教会の人々に対して面目が立ちません。だからここではそのことについて「自分(エパフロディト)の病気があなたがたに知られたことを心苦しく思っているからです」(26節)とパウロは語っているのです。
 パウロはそのためにエパフロディトについて「彼はわたしの兄弟、協力者、戦友であり、また、あなたがたの使者として、わたしの窮乏のとき奉仕者となってくれました」と語り、彼がパウロの所までやって来てくれたことが決して無意味ではないことを伝えているのです。しかも、彼が病気から癒されたことについてパウロは「神は彼を憐れんでくださいました。彼だけでなく、わたしをも憐れんで、悲しみを重ねずに済むようにしてくださいました」(27節)と語ります。エパフロディトが病から癒されたことがどんなに自分を励ましたかを語っているのです。しかもパウロは彼が瀕死の重病になったことについて「わたしに奉仕することであなたがたのできない分を果たそうと、彼はキリストの業に命をかけ、死ぬほどの目に遭ったのです」と語り、エパフロディトが自分に与えられた使命を賢明に果たし、そのために病を得、死ぬほどの目に遭ったと説明しているのです。
 パウロも確かにエパフロディトの働きに何らかの期待をしていたはずです。しかし、パウロはエパフロディトが病気になると言う出来事を自分の期待からだけで見ることはしなかったのです。むしろパウロはこの出来事を通して神様が自分たちにどのように働いてくださるかを期待し、その神様の御業を見て感謝したのです。すべてを自分の期待通りに進めようと考える人は、そうではないことが起こったり、相手が自分の期待通りに行動しないと腹を立てて他人を非難します。しかし、それでは相手を本当に理解することはできませんし、それらの出来事の背後で働かれる主の御業の意味を本当に理解することができません。ですから、私たちはすべての出来事を主イエス・キリストにあって理解することが大切であることをパウロを通して学ぶことができるのです。

4.パウロの計画

 このことについて大変興味深いのはここで語られているパウロの立てた計画です。彼はまずフィリピ教会に元気になったエパフロディトを送り返して、フィリピの人々の心配を取り去ろうとしています。そして事情が整えば次にテモテを彼らのために派遣する約束をした上で、最後には「わたし自身も間もなくそちらに行けるものと、主によって確信しています」(24節)と語っているのです。
 先週学びましたようにパウロはこの直前の箇所で「更に、信仰に基づいてあなたがたがいけにえを献げ、礼拝を行う際に、たとえわたしの血が注がれるとしても、わたしは喜びます」(17節)と言っていることを学びました。ここではパウロは自分がこの獄中から解放されないまま、処刑されて殉教の死を遂げる覚悟があることを語っているのです。その覚悟を語ったパウロがすぐに「わたし自身も間もなくそちらに行けるものと、主によって確信しています」と語るのは、とむしろ先に語った言葉とは矛盾しているような言葉を語っているのです。しかし、この二つの言葉を通してパウロの持っていた信仰の内容が私たちは理解することができるのです。
 「何をしても無駄だ」と考えるのは運命論者の結論です。しかし、パウロはすべてのことの上に神様の計画があることを知っていました。そしてパウロはその計画の内に自分の殉教の死があると言うこと自覚しながら、その一方で彼は自分の生涯がまだ残されている限り、主のために計画を立て、その実現のために生きることが大切であること自覚していたのです。だからこそ、この二つの言葉は彼の信仰の姿勢を明らかに示していると言えるのです。
 私たちが立てる計画を遙かに超えた神様の計画が私たちの人生の上にありますし、神間はその計画を持ってこの世界を導いています。しかし、だからと言って私たちは何もしない、何も考えなくてもよいと言うのではありません。私たちは自分たちでできうる限りの計画を立て、その計画の実現のために歩む必要があるのです。そして神様は神の国を私たちの働きを通して、またその業を受け継ぐ同労者たちの働きを通して、またご自身の直接的な働きを通して実現してくださるからです。

【祈祷】
天の神様。
 私たちの思いとその計画を遙かに超えた現実の中で、私たちは思い悩むことがあります。どうか私たちがその現実の中で確実に働かれているあなたの御業とその恵みを覚えることができるようにしてください。
主イエス・キリストの御名によって祈ります。アーメン。

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