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2021.12.12「からし種とパン種」 YouTube

ルカによる福音書13章18〜21節

18 そこで、イエスは言われた。「神の国は何に似ているか。何にたとえようか。

19 それは、からし種に似ている。人がこれを取って庭に蒔くと、成長して木になり、その枝には空の鳥が巣を作る。」

20 また言われた。「神の国を何にたとえようか。

21 パン種に似ている。女がこれを取って三サトンの粉に混ぜると、やがて全体が膨れる。」


1.人々が望む神の国

①私たちの祈りに対する神の答え

 クリスマスの喜びを準備する待降節第三主日の礼拝をささげます。毎年、この季節になると私はキリスト教主義の幼稚園のクリスマス会に招かれて、そこで聖書のお話をする機会が与えられます。今年も先週の木曜日に子どもたちに聖書のお話をしてきました。私が今年のお話に選んだものは旧約聖書のダニエル書の伝える物語です。この物語の主人公ダニエルはバビロンの王様以外を礼拝したり、祈ってはならないという法律が作られたにもかかわらず神を礼拝し、祈りをささげることを止めませんでした。そこでダニエルは生きたまま人食いライオンの住む穴に落とされ、そこから天使の不思議な働きよって生還します。とても有名な物語です。私がなぜ、このクリスマスの季節にダニエルのお話をしたのかと言えば、ダニエルたちがどんな迫害にあっても神に祈ることを止めなかったことと関係します。彼らがそんなに必死に祈り続けたものは何だったのかと言うことを幼稚園の子供たちに伝えたかったのです。

 私たちはふつう、神に祈るというと自分が健康になりたいとか、自分の生活が守られますようにと言うようにたぶん自分のために祈ることが多いはずです。ダニエルたちも確かにそのような祈りを神にささげていたのかもしれません。しかし、ダニエルたちユダヤ人にとってはもっと大切な祈りの課題がありました。それは「神が救い主を送ってくださるように」と言う祈りの課題です。

 クリスマスの物語に登場する羊飼いたちは天使たちから「今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである」という知らせを受けています。この知らせは毎日、神に熱心に救い主を求める祈り続ける人には大きな喜びをもたらす知らせでした。なぜなら、この救い主誕生の知らせはダニエルやたくさんの信仰者たちの祈りに神が答えてくださったことを示しているからです。ここにクリスマスの喜びの意味があります。なぜクリスマスを私たちはお祝いするのでしょうか。それは神が私たちの祈りに答えてくださったことをこの日お生まれになった御子イエス・キリストを通してはっきりと私たちも知ることができるからなのです。


②失われた祖国回復の思い

 ところでダニエルや真の神を信じ熱心に祈り続けた人々はなぜ「自分たちのために救い主を送ってください」と神に祈ったのでしょうか。それは彼らが自分の国を失い、長い間他国の支配の中で苦しみ続けていたと言う背景があるからです。たとえばダニエルが生きていた時代は南ユダ王国がバビロニア帝国の侵略によって滅んでいます。その結果、ダニエルたちは捕虜として捕らえられ遠いバビロンにまで連れて来られると言う試練を体験したのです。ですから、ダニエルの願いは神が救い主を送って、失われた祖国を回復させてほしいというものだったのです。このダニエルの祈りは彼の世代で終わるものではありませんでした。なぜなら、この後もユダヤ人たちは歴史の中で新たに起こっては消えていくさまざまな他国の支配を経験し続けたからです。

 それは2000年前にクリスマスの知らせを受け取った人も同じでした。当時のユダヤは巨大な力もって地中海一帯の国々を支配したローマ帝国の植民地とされていました。これもクリスマスの物語に登場して有名なヘロデという王はローマ帝国の後ろ盾によって建てられた傀儡政権のようなもので、ユダヤ人の多くはこのヘロデを本当の「ユダヤ人の王」としては認めていなかったのです。

 聖書の中にはイエスのもとに集まった人々がイエスを自分たちの王としようとしたというお話が記されています(ヨハネ6章15節)。群衆はイエスがその不思議な力を使ってローマ軍と戦って勝利をおさめ、自分たちのためにユダヤの国を再興してくれることを期待したのです。しかし、その彼らはイエスが自分たち願望通りに行動しないのを見て、失望してしまいます。そして「むしろこんな救い主など自分たちには必要ない」と言わんばかりにイエスを見捨て、彼を十字架につけて殺してしまったのです。


2.イエスの示した神の国

①苦難の本当の原因はどこにあるのか

 このようにユダヤ人たちとって神から遣わされる救い主は、自分たちの祖国ユダヤの国を回復させるために来られる方だという意味が強かったのです。つまり、彼らは自分たちが苦しんでいるのは自分たちを支配している大国のせいだと考えたのです。だから、救い主の力で彼らが追い出されて、いなくなってしまえば…、自分たちの国が回復すれば…、自分たちは苦しみから解放されると考えたのです。しかし、彼らが苦しむ原因はもっと違うところにあったことを聖書は教えているのです。

 なぜなら、旧約聖書に登場する預言者たちはユダヤの人々が他国の侵略を受けて苦しむことになった原因を、彼ら自身が真の神への信仰を捨ててしまったためだと何度も語っているからです。つまり、本当の問題はバビロニアでもローマの支配でもなかったのです。預言者たちが語ったようにユダヤの人々と神との関係が壊れてしまったためにすべての悲劇が起こったと言えるのです。

 それでは彼らがこの苦難から救われるためには何が必要だったのでしょうか。それが今日の聖書の箇所でも取り上げられている「神の国」についての福音です。なぜなら、聖書の語る「神の国」とは神自らが私たちの王となってくださって、私たちを導き、私たちをあらゆる悪から守ってくださることを意味しているからです。そして救い主の本当の使命は私たちのためにこの神の国を実現してくださることにあるのです。


②私たちの間にある神の国

 ところで主イエスはこの神の国について「それはいつ実現するのか」というファリサイ派の人から出た質問に対して、次のような興味深い答えを語っています。

「神の国は、見える形では来ない。『ここにある』『あそこにある』と言えるものでもない。実に、神の国はあなたがたの間にあるのだ。」(ルカ17章21節)。

 このイエスの言葉によれば神の国は地上のどこかに領土を持つようなこの世の国とは違うことがわかります。そしてこのイエスの言葉から分かるのは、むしろ神の国は神を信じる私たち一人一人の人生に実現していくものだと言えるのです。それではこの神の国は私たち一人一人の人生に、またこの世界にどのようにして実現していくと言えるのでしょうか。そのことを私たちに教えているのが、今日取り上げられているイエスが語られた「からし種」のたとえであり、「パン種」のたとえであると言えるのです。そこで私たちはこのイエスの語られたたとえ話から、神の国がこの救い主イエスを通してどのように実現していくのかをもう少し考えて見たいと思います。


3.小さな種が成長する

 まずイエスは神の国について次のようなたとえを語っています。

「神の国は何に似ているか。何にたとえようか。それは、からし種に似ている。人がこれを取って庭に蒔くと、成長して木になり、その枝には空の鳥が巣を作る。」(18〜19節)

 ここに登場する「からし種」は聖書の中では一番小さなものを示すために用いられることが多いようです。からし種は直径0.5ミリにも満たない小さな存在です。しかし、その種が地中に蒔かれて、芽を出すと成長してたいへん大きな植物となるのです。イエスはその大きさを「その枝には空の鳥が巣を作る」という言葉で表現しています。いずれにもしてもこのたとえ話は神の国がからし種のような小さな存在から始まって、やがて大きく成長していくことを伝えていることが分かるのです。

 先ほども触れましたようにイエスの時代の人々はイエスが神からいただいた力を使って、ローマ帝国の力に勝利するような指導者になることを望んでいました。しかし、実際のイエスはそのような群衆の願望を実現させるためにはご自身の持っている力を使うことは一切ありませんでした。だからイエスは最後にはすべての人に見捨てられ、自分で自分を救う力もない方として十字架の上で死んでしまったのです。このようにイエスの存在は当時の人にとってからし種と同じように小さく、すぐに忘れさられてしまうような存在でしかなかったのです。

 しかし、聖書が教えるように神の国はこの主イエスの十字架を通して実現して行きました。なぜなら、主イエスの十字架こそ私たちを支配する罪と悪の支配から私たちを解放させる力を持っているからです。このようにイエスの十字架は私たちの人生に神の国を実現させるために行われた神の御業です。神はこのイエスを救い主と信じる者一人一人の人生に働いてくださり、私たちの人生に神の国を実現し、私たちを導いてくださるのです。

 このように「からし種」のような小さな主イエスの十字架という出来事が今や全世界の人々を救い、その人々が神の国に生きることができるようにさせました。ですから、イエスのたとえの中に登場するからし種とはイエスの十字架、あるいはイエスご自身を指しています。さらに成長して、大きくなったからし種は救い主の働きによって神の国に生きることができるようになったすべての人を表していると言えるのです。


4.パン種によって変わる世界

①全体を変える小さなパン種

 さて主イエスは神の国についてさらに次のようなたとえを続けて語っています。

「神の国を何にたとえようか。パン種に似ている。女がこれを取って三サトンの粉に混ぜると、やがて全体が膨れる。」(20〜21節)。

 ここで語られている「パン種」はパンを作るさいに使われるイースト菌、つまり「酵母」のことを指しています。からし種は植物の種ですが、パン種は厳密には植物の「種」ではありません。ですからパン種を庭に蒔いてもパンの木が生えてくることはないのです。イースト菌はそれだけでは、何も起こりませんが、これを水で捏ねた小麦粉に入れると発酵がはじまって全体を膨らませます。そしてその膨らんだ小麦粉を窯で焼けばおいしいパンができるのです。

 小さな存在であるからし種はやがて大きな植物に成長する力を持っています。しかし、こちらの「パン種」はそれ自身が成長するということはありません。しかし、このパン種が小麦粉や水といったものと混ざると全体を変化さるような大きな力を持っていることがわかるのです。つまり、このパン種はすべてのものを変える力を持っているということを私たちに教えているのです。

 ですからこのパン種も私たちの救い主イエスの働きを意味していることが分かります。なぜなら、この主イエスこそが私たちの人生を変え、世界を変える力を持っておられる方だからです。


②私たちを変え、世界を変える救い主

 私は電話でときどき相談を受けることがあります。皆さんいろいろな悩みを持って生きています。生きている人間で悩みがないと言う人はいないと思います。ところが中にはその悩みの責任を他人や社会のせいだと考えて、「自分が不幸なのはあの人のせい」、あるいは「この時代のせい」などとえんえんと電話口で語り続ける人がいます。こう言う人の考えをそのまま論理的に解釈すれば、「あの人も、この人も、この世界も私の思ったように変われば、私は幸せになれる」と言っていることになるのではないでしょうか。心理学者のA・エリスという人はこのような不満を語る人の問題は「自分が神のような存在にならない限り解決しない」と語っています。人間は決して、自分を神にすることはできません。つまり、どんなに待っていてもこの考えでは問題を解決することは不可能なのです。実は、多くの人を不幸にしている本当の原因は、その人の持っているこのような誤った考え方にあると言えるのです。A・エリスは私たちが本当に幸せになるために必要なのは他人を変えることでも、世界を変えることでもなく、自分自身の考え方を変えることだと言っています。

 ところが私たちはどんなに自分の生き方が間違っていることに気づいても、それを自分の力では解決することできないという深刻な問題を持っています。聖書はそのような私たちの状態を罪、あるいは罪人と呼んでいるのです。つまり、私たちは自分で自分の人生を不幸にするような存在なのです。そして、そのような私たちを救い出すためにやってこられた方こそ、クリスマスの本当の主人公である救い主イエスなのです。そして救い主イエスはパン種のように私たちの人生を変え、この世界を変える力を持っておられる方なのです。

 イエスの時代に生きた人々の多くも、他人や世界が自分の思った通りに変わることを望みました。だからその自分たちのためにイエスを王にして、その不思議な力を利用しようとしたのです。しかし、「救い主を送ってください」というたくさんの人々の祈りに答えて、クリスマスの日に来てくださった真の救い主イエスはそのような方ではありませんでした。

 この救い主は私たちのために最も小さなものとなり、十字架の御業を成し遂げられたのです。そしてこのイエスによって私たちは神の国の民とされ、神に従う者とされました。さらにイエスは私たちに聖霊を送って、私たちの人生を変えてくださいます。そしてその私たちを通して世界を変えてくださるのです。ですから私たちは、わたしたちのために「からし種」、また「パン種」として来られた救い主イエスの誕生を心からお祝いするクリスマスを待ち望むのです。

聖書を読んで考えて見ましょう

1.イエスは「からし種」と「パン種」のたとえ(ルカ13章18〜21節)を使って私たちに何を伝えようとされたのですか(18節)。

2.からし種は庭に蒔かれるとやがてどのように変化しますか。このことからからし種についてどのようなことが分かりますか(19節)。

3.このからし種のたとえからイエスと神の国との関係がどのようなものであることが分かりますか。

4.パン種は粉(小麦粉)に混ざるとどのようになりますか(21節)。このたとえ話からイエスはパン種の働きのどのような点を強調していることが分かりますか。

5.このパン種のたとえを通して私たちの人生やこの世界と救い主イエスの働きの関係についてどのようなことが分かりますか。

2021.12.12「からし種とパン種」