2024.6.2「新しい契約」 YouTube

マルコによる福音書14章12～16, 22～26節（新Ｐ.91）

12 除酵祭の第一日、すなわち過越の小羊を屠る日、弟子たちがイエスに、「過越の食事をなさるのに、どこへ行って用意いたしましょうか」と言った。

13 そこで、イエスは次のように言って、二人の弟子を使いに出された。「都へ行きなさい。すると、水がめを運んでいる男に出会う。その人について行きなさい。

14 その人が入って行く家の主人にはこう言いなさい。『先生が、「弟子たちと一緒に過越の食事をするわたしの部屋はどこか」と言っています。』

15 すると、席が整って用意のできた二階の広間を見せてくれるから、そこにわたしたちのために準備をしておきなさい。」

16 弟子たちは出かけて都に行ってみると、イエスが言われたとおりだったので、過越の食事を準備した。

22 一同が食事をしているとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱えて、それを裂き、弟子たちに与えて言われた。「取りなさい。これはわたしの体である。」

23 また、杯を取り、感謝の祈りを唱えて、彼らにお渡しになった。彼らは皆その杯から飲んだ。

24 そして、イエスは言われた。「これは、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である。

25 はっきり言っておく。神の国で新たに飲むその日まで、ぶどうの実から作ったものを飲むことはもう決してあるまい。」

26 一同は賛美の歌をうたってから、オリーブ山へ出かけた。

１．過越の祭りの食事の準備

①除酵祭と過越の小羊

 今日は６月第一週の礼拝で、この説教の後に聖餐式が行われます。そして今日の聖書箇所にはこの聖餐式のモデルとも言えるイエスと弟子たちが参加した夕食会、通常この夕食会は「最後の晩餐」と呼ばれます。その出来事がここには記されています。私たちはこの聖書の箇所もう一度読むことで、イエスがこの最後の晩餐を通して弟子たちに何を教え、何を与えようとしたのかについて学んでみたいと思うのです。

 まず、今日の聖書箇所ではこの晩餐が「除酵祭の第一日、すなわち過越の小羊を屠る日」に行なわれたことが記されています。この「除酵祭」は別名で「種なしのパンの祭」とも呼ばれるユダヤ人にとっては大切な祭典です。昔、イスラエルの民がエジプトの国で奴隷として厳しい生活を送っていたときに、神がその彼らを奴隷状態から救い出したという出来事が旧約聖書の出エジプト記に記されています。この除酵祭はイスラエルの民がこのエジプトを脱出する際に種なしのパンを、つまりイースト菌で発効していないパンを食べたこと、発酵の時間も待てないほどに急いでその地を出発したことを記念するお祭りです。さらに「過越の小羊」はイスラエルの民を解放することを拒むエジプトの王のためにエジプト全土に神から災いがくだされたます。その時、予め神の指示通りに小羊の血を門柱に塗ったイスラエルの民の家だけがその災いから守られたと言う出来事が同じ出エジプト記に記されています。つまり、ここで語られる除酵祭も過越の小羊もイスラエルの民の先祖がエジプトを脱出したことを記念するもので、彼らの子孫であるユダヤ人たちがその出来事を思い出すために大切にしていたものなのです。

②イエスが備えてくださった食事会

 そしてこのとき弟子たちはユダヤ人の大切な習慣であった「過越の食事」についてどのようにそれを行うべきかをイエスに尋ねています。

「過越の食事をなさるのに、どこへ行って用意いたしましょうか」（12節）。

 この除酵祭の祭りの期間、神殿のあったエルサレムには全国からたくさんの巡礼者たちが集まってきます。その際、エルサレムの町に住む人々にはこの巡礼者たちが過越の食事を行うために自分たちの家を提供して彼らをもてなす習慣がありました。弟子たちはこのとき、その習慣に従ってイエスがどこで過越の食事をしたいと願っているのかを尋ねたのです。するとイエスはここで次のような不思議な言葉を弟子たちに語っています。

「都へ行きなさい。すると、水がめを運んでいる男に出会う。その人について行きなさい。その人が入って行く家の主人にはこう言いなさい。『先生が、「弟子たちと一緒に過越の食事をするわたしの部屋はどこか」と言っています。』すると、席が整って用意のできた二階の広間を見せてくれるから、そこにわたしたちのために準備をしておきなさい。」（13～15節）。

 「水がめを運んでいる男」とイエスは語っています。実は当時、水がめは女性が水を運ぶ道具で、男性が水を運ぶさいには革袋を使うことが普通であったようです。ですから、水がめを運ぶ男の存在はめずらしく、誰でもすぐに発見できるものだったのです。このお話だけではイエスが事前にこの水がめを運ぶ男と打ち合わせをして過越しの食事の席を確保していたのか、あるいはこのこと自体がイエスの持つ不思議な予見能力を示すものなのかははっきり分かりません。大切なことはこのイエスの言葉を聞いた弟子たちがエルサレムの町に行くと「イエスが言われたとおりだった」（16節）と言うことです。つまり、この食事会はイエスが主導権を持って弟子たちのために準備されたものであると言うことが示されているのです。

 私たちもこの後、聖餐式にあずかります。私たちにとってこの聖餐式は毎月の第一週の礼拝で繰り返して行われている教会の習慣のように感じるかも知れません。しかし、この聖餐式に参加する私たちが忘れてはいけないことは、この聖餐式を私たちのために備えてくださったのはイエスであること、そして私たちはそのイエスによってこの聖餐式に招かれたゲストとしてここに集められていると言うことです。そのような意味ではこの聖餐式は私たちがイエスによって特別に選ばれていることを表すものだとも考えることができるのです。

２．私の命のために必要な食事

 さてこのエルサレムでの過越しの祭りの食事会はイエスによって弟子たちのために特別に備えられたものでした。それではイエスはこの食事会を弟子たちのためにどうして開く必要があったのでしょうか。弟子たちはこの食事会を通してイエスから何を受け取ることができたのでしょうか。

 この過越の食事は現在でも敬虔なユダヤ教徒の家では昔と同じように厳格に行われ続けています。過越の食事ではこの日のために準備された羊の肉がゲストたちにふるまわれます。また食事の際に一家の家長はパンを裂いて、出席者全員に配ります。その際、家長は自分たちの先祖が昔エジプトで奴隷であった状態から神が救い出してくださったという出来事を語り伝えるのが特に大切に習わとなっています。

 そのような意味でマルコが伝えるこの食事会は通常の過越しの食事とは大きく違っていることが分かるのです。なぜなら、イエスはこの食事の席でかつて自分たちの先祖たちが体験した神の救いを語るのではなく、これから実現するはずのイエスの十字架による救いの出来事を示そうとしておられるからです。

「一同が食事をしているとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱えて、それを裂き、弟子たちに与えて言われた。「取りなさい。これはわたしの体である。」」（22節）。

 江戸時代、長崎の出島にあったオランダ商館で「オランダ人たちがひそかに人肉を食べている」と言う風評が流れたと伝えられています。これはおそらく彼らがイエスの指示に従って聖餐式を行っているのを見た日本人が誤解したのが理由だと思われます。

 聖餐式で私たちがあずかるパンはキリストの体を意味しています。宗教改革者のカルヴァンはイエスが自分の体をパンとして表現し、それを私たちに食べるように命じた理由について興味深い解説をしています。人はさまざまなことを忘れてしまっても食べるという習慣を忘れることはありません。食べなければ私たちは生きることができないからです。同じように、私たちはイエスご自身が十字架でその体をささげることで得てくださった恵みを必要としているのです。そのような意味でイエスの体は私たちの命を支えるために絶対に必要なものだと言えるのです。ですから私たちはこのイエスの体を意味するパンにあずかることで、永遠の命に至る真の命をイエスからいただき、その命に生かされていることを確信することができるようになるのです。

３．イエスの血、契約の血

①血はいのちを表す

 さてイエスはここの御自身の体を意味するパンを弟子たちに分け与えた後にぶどう酒の入った杯も弟子たちに分け与えられました。

「また、杯を取り、感謝の祈りを唱えて、彼らにお渡しになった。彼らは皆その杯から飲んだ。そして、イエスは言われた。「これは、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である。」（23～24節）

 このイエスの言葉からも理解できるように杯に入ったぶどう酒はイエスの血を表しています。旧約聖書では「血はいのちをあらわすもの」（レビ17章11節）と教えられていて、きわめて慎重に取り扱う必要があることが語られています。だから、イスラエルの民には動物の血を飲むことが固く禁じられていたのです。現在でも「エホバの証人」と呼ばれる人々はこの旧約聖書の教えを根拠に会員たちに輸血を拒否するように勧めています。しかし、これは明らかに旧約聖書の言葉の読み違いで、この教えが大切なのは血が表す私たちの命が神の支配のもとにあること、つまり私たちはその命を神から預かっているだけであって、それを自分勝手に扱ってはいけないことを教えるものだと言えます。

 この教えが語られた時代には輸血などと言う技術は存在しませんでした。ですから「聖書は輸血を禁じている」と主張するのは明らかな誤りです。むしろ私たちは現代あらゆる医療行為を用いても、神からいただいた命を大切に管理することが求められていると言うことができるのです。

 このような意味でイエスの血はイエスの命自身を表すものだと考えることができます。なぜなら、イエスが十字架にかかり私たちのためにその命をささげることを通して、死の呪いの下につながれていた私たちがそこから救い出され、永遠の命に生きる者とされたからです。

②シナイ契約と動物犠牲の血

 ところでここでイエスは杯を御自身の「血」と語った上で、それを「契約の血」とも言っています。それではこの「契約の血」とは言ったどのようなことを意味しているのでしょうか。実はこのイエスの表現は旧約聖書の言葉に由来すると考えらえています。ここには今日のお話で何度も言及されて来た、イスラエルの民がエジプトの奴隷状態から救われた出来事が深く関係しています。そのことを知らせる出エジプト記の24章にはモーセが神から預かった掟が民に向けて語られるシーンが紹介されています。その際、モーセは神のために祭壇を築き、そこで動物犠牲をささげています。そしてその動物犠牲の血の半分を祭壇に注いだ後に、民に向かって契約の書、つまり神の掟が記された書物を朗読しています。そしてこの契約の書の言葉を聞いた民が「わたしたちは主の語られたことをすべて行い、守ります」と答えます。するとモーセは残っていた動物犠牲の血を今度は民の上に振りかけて次のように語ったと言うのです。

「見よ、これは主がこれらの言葉に基づいてあなたたちと結ばれた契約の血である。」（8節）

 この言葉から分かるのは「契約の血」は神が示した契約に民が同意したことを表す印であり、またこのことによって神と民との間に成立した命の関係、その固い結びつきを表すものだと言うことが分かります。

 このときにモーセを通して神と民のとの間で結ばれた契約はその契約が結ばれた場所の名前を使って「シナイ契約」と呼ばれています。実はこのシナイ契約は十分なものではありませんでした。なぜなら「主の語られたことをすべて行い、守ります」と誓ったはずのイスラエルの民がその主の言葉に背き続け、神からの厳しい裁きを受け、最後には自分たちの国を失うことになってしまったからです。実際に、イエスの時代にもユダヤ人たちはローマ帝国の支配の下で暮らしていました。だからこの時代の人々も自分たちがこのシナイ契約に基づいて神の言葉に従えば、神が自分たちのために救い主を遣わして、自分たちの国を回復してくださると信じていたのです。

➂私たちのための備えられたパンと杯

 しかし、イエスがこの食事の席で語った契約はこの古いシナイ契約を表すものではありませんでした。なぜなら、この契約で流されるのはシナイ山で流された動物犠牲の血ではなく、イエスご自身が流される血だからです。ですからこの契約はイエスの十字架の犠牲によって実現した新しい契約を意味しています。古い契約ではイスラエルの民の無力さのために、彼らは神の掟に背き、罪を犯してそのために厳しい裁きを受けることになりました。しかし、この新しい契約は違います。なぜなら、この契約ではイエス・キリストが私たち人間の代表者となってくださり、私たちの犯した罪を贖い、さらには私たちが従うべき神の掟をイエスが代わって守り、行ってくださるからです。そしてイエスの流された血は、私たちがこのイエスによって神との深い命の絆の中に回復されていることを表す確かな証拠となったのです。

 宗教改革者のマルチン・ルターは聖餐式にあずかる信徒が、予め教会にやって来て個人的に牧師に自分の犯した罪を懺悔することを勧め、その後で聖餐式に参加するようにと教えたそうです。それは当時のヨーロッパがキリスト教社会ですべての住民が生まれてすぐに幼児洗礼を受けていて、名前だけのクリスチャンで溢れていた背景にあると考えられています。つまり、ルターは信仰を持たない者がこの聖餐式に参加することがないように、信徒が予め自分の罪の懺悔をすることで、その人の信仰を確かめようとしたのだと考えらえれているのです。

 私たちの集う改革派教会では個人的な懺悔という習慣は強制されませんでした。それに代わって礼拝の中で参加者それぞれが自分の罪を告白し、神の御言葉からの赦しを受けることが勧められて来たのです。実はこの習慣もまた、私たちが聖餐式で差し出されているキリストの体と血を正しく受けることができるようにするものだと考えられているのです。

 なぜなら、私たちは神の掟に従おうとしても従う能力を持ちえず、むしろ神に罪を犯して厳しい神の裁きを招かざるを得ないみじめな罪人だからです。しかし、イエス・キリストはそのような私たちをこの聖餐式に招いてくださっているのです。

「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。」（マルコ2章17節）

 私たちのためにイエス・キリストが十字架にかかり、その命をささげることで準備された私たちのための食事、それがイエス・キリストと体と命を表す聖餐式のパンと杯の意味です。そして私たちはこのパンと杯にあずかることで、今すでに確かな神との命の絆の中に入れられていることを確信することができるようにされるのです。

2024.6.2「新しい契約」